「子供のころの悩みのひとつは、わたしが一度も逆境というものを味わったことがないということでした。
わたしは非現実感のとりこになっていたのです。(・・・・・・)そして自分は免除されているという感覚が、滑稽に思えるかもしれないが、
苦痛でした」。ウェストも同じ様な不満を感じて、1927年マンハッタンの安ホテルで夜勤事務員の職についた。
アーバスの体験と現実感覚の獲得法はカメラであった。ここでいう体験とは、物質的な逆境ではないにしても、少なくとも心理的な逆境-
美化することのできない経験をすることのショック、タブーとなっている倒錯や悪との遭遇であった。
アーバスの奇形人に対する関心は自分の無垢を犯したい。自分が恵まれているという感覚を掘り崩したい。
自分が安全であることに対する苛立ちに吐け口を与えたい。そういう願望を表わしている。
(「写真論」 スーザン・ソンタグ 近藤耕人訳 晶文社)
ウェスト:ナサニエル・ウェスト、写真家、アーバスと同様の写真対象を撮った。