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2007/03/28

可塑的な脳

>あらゆる現実は可塑的(プラスティック)、すなわちけっして一つの形(フォルム)ではなく、そのことを確認し、
理解するために懐疑するということですね。

あなたはその可塑性の概念をニューロ・サイエンスにまで広げ、それに関する著作もあります。弁証法的に考えることで、
脳はより可塑的に洗練されていくのでしょうか・


神経生物学の分野において、脳を「可塑性がある」と形容するのは、まさに彫刻家や物理学者が扱う材料のように、
脳が過剰な抑圧に抵抗しながらも、しなやかさを兼ね備えているからです。

ニューロン間の結合は、環境と経験の影響下にあって大きさも変われば、構成も変わります。

たとえば、ピアニストの脳は機械整備士の脳と完全に同じ形をしているわけではありません。

教育、習慣、反復が、我々の脳を形づくります。今日の資本主義のイデオロギーは我々の脳が柔軟(フレキシブル)
だと信じさせたがっていますが-柔軟という言葉がいかに繰り返し用いられているか、注意してみてください-実際には、脳は可塑的であり、
すべてを許容するわけではなく、教育や訓練が施されれば施されるほど、批判能力が鍛えられていきます。

繰り返しますが、存在するものすべてはみずからを否定するのです。脳はこの自己否定の好例です。脳は、
末梢や忘却や抵抗の可能性を発展させることなしには、いかなる刻印も受けはしません。この拒絶の可能性なしに知性は存在しないのです。


可塑性を備えた弁証法的な力は、形の作用と、形を爆発し破壊する可能性を一体化させます。私はこの可塑的な弁証法の力が脳において機能し、
今日の新しい武器に立派になりえると確信しています。


 (哲学者 カトリーヌ・マラブー氏インタビュー ダイアモンド・ハーバード・ビジネスレビュー 2007年4月号)



二種類の資本主義

マルクスは、資本主義が西洋で自滅するだろうと予想しましたが、逆に東洋においてマルクス主義の下、開花しています。たしかに、
今日最大の矛盾の一つは、極東のマルクス主義的な資本主義の存在でしょう。

したがって、21世紀の企業は必然的に、資本主義のこの新しい顔をしっかり認識しなければなりません。そこでは、
弁証法が富と利潤に仕えているのです。戦いはもはや資本主義対社会主義ではなく、資本主義における二種類のマネジメント・
スタイルの間に存在します。


第一の欧米型は、ニューロン・タイプのマネジメント・スタイルを発展させ、企業組織は脳と同じく、中枢部がなく、
固定した権力のないまま結合体のように機能します。

第二の中国型は、はるかに明確に序列化されたモデルを土台としており、自由な発意と強力な国家の存在を巧みに組み合わせています。


この例からもわかるように、グローバル化とはストレンジネス効果と相容れないものではありません。
世界はグローバル化されているとはいえ、依然多極であり、アメリカの資本主義と中国の資本主義との間には構造的な不一致が存在します。


日本は必然的に、これらの二つの間に自分の場所を見出していかなければなりません。
欧米の資本主義と極東の資本主義のどちらを選択するのではなく、日本は弁証法という力を巧みに操り、両者の間をうまく貫くべきであると、
私は考えます。


これら二つの構造を可塑的に弁証法化しうるようなモデルが見出せれば、全体的な市場の自由化(欧米)と高度な国家管理主義(極東)
との間に新たな均衡を提唱することになるでしょう。その意味において、たしかに驚くような発明になると思われます。


今後日本は間違いなく、これら二種類の資本主義の両方を同時に見据えていかなければならないでしょう。新たな思弁的な挑戦です。
労働の可塑性が労働の柔軟性に代替できるとしたら、それはおそらく、二種類の資本主義を統合することにおいてでしょう。



(哲学者 カトリーヌ・マラブー氏インタビュー ダイアモンド・ハーバード・ビジネスレビュー 2007年4月号)