ラベル ジョイラッククラブ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル ジョイラッククラブ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2007/01/29

ジョイとラック

「娘が自分の母親のことを知らないなんて!」


そのとき、私は思い当たった。彼女達は恐れているのだ。私を自分達の娘と重ねてみているのだ。私と同じように無知で、
彼女達がアメリカに持ち込んだ真実や願いをまるで気にかけない娘達のことを。中国語で話しかける母親をじれったく思い、
片言の英語で説明する母親を愚かだと思う娘達のことを。おばさん達は、ジョイ(喜)とラック(福)
が娘達にとってもはや同じ意味でないことを、アメリカ生まれの娘達の閉ざされた心には”喜福”
が一つの言葉としては存在しないことを知っているのだ。いつか孫を産んでくれる娘達が、
代々伝えられてきた希望のつながりと断絶してしまったことを知っているのだ。


「すべてを話します」 私が一言いうと、おばさん達は疑わしそうに私を見つめる。


(「ジョイ・ラック・クラブ」 エィミ・タン 小沢瑞穂訳)



双子の姉

誰かが「彼女が着いたわ!」と叫ぶ。そのとき、彼女の姿が目に入る。その短い髪。小さなからだ。母と同じ表情。彼女は、
手の甲を口に押し当てている。ひどい試練を耐え忍び、やっと終わったことを喜ぶかのように泣いている。


私の母ではないとわかっていても、その表情は、あのときの母と一緒だ。五つの私が午後ずっと行方不明になり、
死んだものと思ったあとで私を見つけたときの母と。私が眠そうな目をしてベッドの下から這い出したとき、
母は幻ではないことを確かめようと手の甲を咬んで泣き笑いしたものだ。


目の前に、母が二人いて手を振っている。片手には、私が送ったポラロイド写真が握られている。ゲートから出たとたん双方が駆け寄り、
ためらいも期待も吹き飛んで三人でただ抱き合う。


「ママ、ママ」 三人で母がそこにいるかのように口々に呟く。


姉達は誇らしげに私を見つめ、一人が「メイメイ、ジャンダーラ」ともう一人に言う- 「妹がこんなに大きくなって」と。
二人の顔を見つめたが、母の面影はない。それでも二人の顔には見覚えがある。同時に、自分のなかの中国人の部分が見えてくる。はっきりと。
私の家族。私達の血の繋がり。長い年月をかけて、ついに私は自分のなかの中国人の部分を解き放つことができたのだ。


(「ジョイ・ラック・クラブ」 エィミ・タン 小沢瑞穂訳)



The Joy Luck Club

・千里を越えてきた母


老女は、上海にいた若いころ、ほんのはした金で買った白鳥のことを思い出した。屋台の主人がこう自慢した・・・・この鳥は、
前は家鴨だったんだよ。鵞鳥になりたいと首を伸ばしてるうちに、ほら! 食べるには惜しいような美しい白鳥になっちまった。


やがて、その女と白鳥は、首をアメリカに伸ばしながら数千里の海原を渡った。旅の途中、彼女は白鳥に優しい声で囁いた。 
「アメリカに着いたら、わたしそっくりの女の子を産むわ。女の価値は夫のゲップの大きさで計られるなんて言う人は、
向こうにはいないでしょうよ。人から見下されないように、娘には完璧なアメリカ英語を身につけさせるわ。向こうに行ったら、
娘はいつも満腹で悲しみなど入り込む隙間もないでしょうね! 自分が望む以上のものになったこの白鳥を娘にあげれば、
きっと娘はわたしの思いを汲んでくれるはずだわ」


だが、新しい国に着いたとき、移民局の役人はその白鳥を取り上げ、うろたえて両手をばたつかせる彼女に一枚の羽だけ返してよこした。
それから彼女は、ここにやってきたわけや後に残してきたものなど、もう忘れてしまったことを幾つもの書類に書き込まなければならなかった。


そして彼女は年老いた。生まれた娘は英語しかしゃべらず、悲しみよりもコカコーラのほうをたくさん飲んだ。彼女は、
そんな娘に一枚の白鳥の羽を渡してこう言いたいとずっと願っていた・・・・「なんの価値もないと思うだろうけど、
この羽はわたしのすべての望みを携えて遠くから渡ってきたのよ」と。それを完璧なアメリカ英語で娘に伝えられる日がくるのを、
彼女はじっと待ち続けた。


・つまづいた子どもたち


「自転車で角までいっちゃだめよ」 七つの娘に母親が言った。

「どうしてよ!」 娘は逆らった。

「あなたが見えなくなるし、転んで泣いても聞こえないからよ」

「転ぶってどうしてわかるの?」 娘は文句を言った。

「本にそう書いてあるわ、二十六の鬼門があるって。この家のまわりから離れたら、悪いことばかり起きるってね」

「あたし信じないわ。その本を見せてよ」

「中国語で書いてあるから、あなたにはわからないわ。だからお母さんの言うことは聞かなくちゃならないの」

「じゃあ、悪いことってどんなこと?」 娘は言いつのった。 「二十六の悪いことがなんなのか教えてよ」

だが母親は黙って編み物をしていた。

「二十六ってなによ!」 娘は叫んだ。

それでも母親は答えなかった。

「知らないから言えないんだわ! なんにも知らないくせに!」 娘は外に走りでて自転車に乗り急いで漕ぎだしたが、
角を曲がる前に転んでしまった。


・アメリカ人となった娘たち


「うわー!」 母親は、新しいコンドミニアムに引っ越した娘のマスター・ベットルームにある鏡張りの衣装箪笥をみて大声を上げた。 
「ベッドの足下に鏡を置いてはだめよ。結婚の幸せがみんな跳ね返って逆のほうを向いてしまうから」

「でも、そこしか置く場所がないから、どこにも動かせないわ」 娘は、すべてに悪い兆候を見つける母親に苛々して言う。
生まれてからずっとこの調子だったのだ。


母親は顔をしかめ、捨てずにとっておいたメーシーの買い物袋を手に突っ込んだ。 「わたしがなんとかしてあげるから、
幸運だと思いなさい」 彼女は、娘の引っ越し祝いに先週”プライス・クラブ”で買っておいた金縁の鏡を取り出した。
それを二つの枕の上に置いてヘッドボードにもたせかけた。


「そこにかけるのよ」 母親は、上の壁を指差した。 「この鏡が足元の鏡を反射して-ピカッ!-
あんたの桃の花の幸運を何倍にも増やしてくれるからね」

「桃の花の幸運って?」

母親は、いたずらっぽい目で笑った。 「それはここにあるわ」 彼女は鏡を指差した。 「中を覗いてごらん。
わたしの言葉が正しいかどうかわかるから。この中に、未来のわたしの孫がいるのよ。来年の春、わたしの膝に座っている孫がね」

娘は鏡を覗いた-ピカッ! そこには自分を見つめ返している自分の顔があった。


・中国の母たちの物語


「オー! フワイドンシ!」-なんて悪い子なの-幼い孫娘をあやしながら、その老女は言った。 「仏さまは、
意味もなく笑えとおっしゃったのかい?」 声をたてて笑っている赤ん坊を前にして、老女は深い願望が胸の奥に疼くのを感じた。


「わたしが永遠に生きられたとしても」 彼女は赤ん坊に話しかけた。 「どうやってあんたに教えたらいいか見当もつかないよ。
 かつては、わたしも自由で無邪気だった。意味もなく笑ったものだった。


「でも、あとでわたしは自分を守るために無邪気な心を捨ててしまったんだよ。そして、娘にも、あんたのお母さんにも、
傷つかないために無邪気な心を捨てるように教えた


「フワイドンシ、それは間違いだったかねえ? わたしが人の邪悪な心に気づくとしたら、
それはわたしもまた邪悪な人になったからじゃないのかい? 人を疑ってばかりいる人に気づくとしたら、
わたしも疑う気持ちを持っているからじゃないのかい」


赤ん坊は、おばあさんの繰り言を聞きながら笑い声をたてた。


「オー! オー! あんたはもう幾度も蘇って永遠に生きているといって笑っているのかい? あんたは西王母(シーワンシー)で、
わたしに答えてくれるために戻ってきたっていうのかい? いいとも、答えをきかせておくれ・・・・


「ありがとうよ、小さい女王さま。それじゃ今度は、わたしの娘にも同じことを教えてやっておくれ。
無邪気な心を失っても希望だけはなくさない方法を。永遠に笑っていられる方法をねえ」


(「ジョイ・ラック・クラブ」 エィミ・タン 小沢瑞穂訳)


各章の先頭にある短編を繋ぎ合わせた内容です。



2007/01/28

母親が娘を愛するというのは

あなたのお父さんを愛していたと、娘に言えるだろうか? 夜はわたしの足をさすってくれた男。わたしの料理を讃めてくれた男。
ふさわしい日が来るまで大切にしまっておいた例の安物の装身具を見せたとき、素直に涙を流した男。彼がわたしに虎の娘を産ませてくれた日、
わたしはそれを彼に見せた。


そんな彼を愛していないなどと、どうして言えるのだろう? だけど、幽霊の愛だった。抱いてはいても、わたしに触れてはいない腕。
ごはんが盛られていても、わたしに食欲がなかった茶碗。飢えもなく、満腹感もなく。


いまは、セントも幽霊になっている。これで、彼とわたしは対等に愛し合える。彼は、わたしがずっと隠していたものを知っている。
今度は、娘にすべてを話さなければならない。彼女が幽霊の娘だということを。彼女には”ジー”がないことを。これが、わたしの最大の恥だ。
娘にわたしの精神を残さずに、どうしてこの世から去っていけるだろう。


そのために、こうしようと考えている。わたしの過去を洗いざらい掘り返して見つめてみよう。すでに起きてしまったことが見えるだろう。
わたしの精神を吹き飛ばしてしまった苦しみが。その苦しみが固くなって輝くまで、もっと明らかになるまで、
この手でしっかりと握りしめていよう。


そうすれば、わたしの猛々しさが-わたしの金色の部分と黒い部分が-取り戻せるだろう。その鋭い苦痛で娘のこわばった膚を貫き、
彼女の虎の精神を自由に解き放ってやろう。二匹の虎の常として、娘はわたしに刃向かうだろう。でも、わたしが勝ち、
彼女にわたしの精神を与えるだろう。母親が娘を愛するというのは、そういうことなんだから。


下で、娘とその夫がしゃべっているのが聞こえる。彼らは意味のない言葉を口にする。生命のない部屋に坐って。



2007/01/27

虎の女

リーナに、わたしの恥を話そうと思う。わたしが裕福で美しかったことを、どんな男にももったいないような娘だったことを。
物のように捨てられたことを。十八にして頬から美しさが消えてしまったことを話そう。恥辱とともに湖に身を沈めた女達のように、
身投げしようとしたことを。その男を憎むあまり、おなかの赤ん坊を殺してしまったことも。


その赤ん坊は、生まれる前に子宮から取り出してしまった。当時の中国では、生まれる前に赤ん坊を殺すのは悪いこととされていなかった。
それでも、悪いことをしたとわたしは思った。その男の長男の赤ん坊が体内から引き出されたとき、どす黒い復讐の念がわたしを満たしたからだ。


死んだ赤ん坊をどうしようかと看護婦からきかれたとき、わたしは新聞紙を放り投げて、魚みたいにそれに包んで湖に捨ててくれと頼んだ。
娘は、赤ん坊などいらないと思う気持ちがわたしにはわからないだろうと思っている。


娘の目には、わたしは小柄な老婆にしか見えない。それは、娘が外側の目だけでものを見ているからだ。彼女には”ツォンミン”-
内側を見通す力はない。娘に”ツォンミン”があれば、虎の女が見えるはずなのに、そして、畏れを抱くはずなのに。



娘の知恵

娘は、新居で最も小さい部屋をわたしにあてがった。

「ここはゲスト用の寝室よ」 リーナは自信たっぷりのアメリカ人らしい口調で言った。

わたしは笑みを浮かべた。でも中国の考え方では、娘夫婦が眠っている一番いい寝室が客間になる。そのことを娘には言わない。彼女の知恵は、
まるで底なしの池みたいなものだ。石を投げると暗い淵に沈んで姿を消してしまう。振り向いた目には何も映らない。


娘を愛しているけれど、わたしは胸の内を明かしたりしない。娘とわたしは、同じからだを共有している。彼女の心の一部は、
わたしの一部でもある。生まれたとき、すべすべした魚のようにわたしから飛び出して以来、娘は泳ぎ去っていく一方だ。娘の人生を、
わたしは向こう岸から眺めるように見つめてきた。だけどいま、わたしの過去のすべてを娘に打ち明けなければと思う。
娘の膚に食い込んで安全な場所に引き戻すには、それしかないのだから。



2007/01/25

鳥の逸話

夢の中を漂うに生きるのがどんなものか、わたしにはわかっているの。人の話を聞き、周りを見つめ、
目覚めてから何が起きたのかを理解しようとする生き方がね。


べつに精神分析医の助けを借りなくても、そう生きられるのよ。精神分析医は、あなたが目覚めるのを望んでいないんだから。
もっと夢をみるようにと勧め、池を探してそこにもっと涙を注ぎ込めと言うだけなんだから。実際のところ、
そんな医者はあなたの惨めさで腹を満たすもう一羽の鳥にすぎないのよ。


わたしの母はそりゃ苦しんだわ。面目を失ったことを隠そうとしたんだから。でも、もっと惨めになっただけで、
ついにそれも隠しきれなかったのよ。それ以上は何もわからないわ。


それが中国だったの。それが当時の中国の人達がやってきたことなの。他に選択の余地がなかったから。胸のうちをしゃべることもできず、
逃げることもできなかった。それが運命だったのよ。


でもいまの中国の人達は何かが出来るわ。もう自分の涙を飲み込んだり、カササギの嘲笑に耐えたりしなくてすむのよ。
それがわかったのは、中国から届いた雑誌でその記事を読んだからなの。


数千年ものあいだ鳥が農民を悩ませてきた、とその記事は書いてあったわ。彼らは群れをなして、
堅い土を掘り起こしては怒りの涙で種を育てる農民を眺めていたのよ。農民が立ち去ると、鳥が舞い降りて彼らの涙を飲み、
種を食べてしまったの。だから子供達は飢えて死んでいったの。


ところが、ある日、その疲れ切った農民達が---中国の各地から---そこかしこの畑に集まってきたの。彼らは、
食べたり飲んだりしている鳥の群れを見て 「こんな苦しみはたくさんだ、黙って耐えるのはもうごめんだ!」 と言い出したの。
彼らは手を叩いたり、棒切れや鍋を叩いて叫んだのよ---「スー! スー! スー!」---死! 死! 死!


この怒りの攻撃にあわてふためいた鳥たちは、いっせいに黒い羽をはばたかせて空に飛び立ち、騒ぎが収まるまで頭上を舞っていたの。
でも農民の叫びは激しくなる一方だった。鳥たちは疲れきり、舞い下ることも食べることも出来なくなったのよ。それが数時間から数日も続き、
ついにはすべての鳥が ---数百、数千、数万、そして数百万羽も!--- 地面に落ちて死んでしまい、
空には一羽の鳥もいなくなったというわけ。


その記事を読んだとき、嬉しさのあまりわたしが大声で叫んだのをしったら、あんたの精神分析医はなんて言うかしらね?


(「ジョイ・ラック・クラブ」 エミィ・タン 小沢瑞穂訳)



亀の逸話

出発する前の晩、母は見えない危険から守ろうとするように、わたしの頭をしっかり引き寄せた。
家を出て行く前からもう母に戻って欲しくて、わたしは泣いていた。母の膝に顔をつけていると、母はこんな話をしてくれた。


「アンメイ」 と、母は囁いた。 「池にすんでいる小さい亀を見たことがあるでしょう?」 わたしは頷いた。それは中庭にある池で、
わたしはよく棒切れを静かな水面に突っ込んで岩陰の亀を追い出していた。


「あの亀は、わたしも子供のころから知っているのよ」 と母は言った。 「池のほとりに座って、
亀が水面に浮かんで口をぱくぱくさせるのを見ていたものだわ。あの亀は、とても歳をとっているの」


その亀が目に浮かび、母も同じものを見ているのがわかった。


「あの亀は、わたしたちの思いを食べて生きているのよ」 母が言った。 「それを知ったのは、あなたと同い歳のときだった。
おまえはもう子供にはなれないよ、とポーポに言われたわ。叫んだり、走ったり、地面に坐ってこおろぎを捕まえたりできないって。
がっかりしても泣いてはいけない、目上の人の話を黙って聞いていなければならないって。それができないなら、
わたしの髪を切り落として尼僧の住むところに送り込む。そうポーポに言われたの。


「ポーポからその話を聞いた夜、わたしは池のほとりに坐って水を覗いたの。わたしは弱かったから泣かずにはいられなかった。すると、
あの亀が表に浮かんできて、わたしの涙が水面に落ちるたびに食べていくのよ。五つ、六つ、七つと急いで食べると、
池から這い上がって滑らかな岩の上に座り、わたしに話しかけたの


「おまえの涙を食べたから、いまのおまえの悲しみがよくわかる。だが、一つだけ警告しておこう。泣けば、
いつも悲しい人生を送るだけになるよってね。


「それから、亀は口を開けて、五つ、六つ、七つの真珠みたいな卵を吐き出したの。その卵が割れて、中から七羽の鳥が現れ、
すぐにさえずり始めたの。雪のように白いおなかと美しい声で、すぐに喜びの鳥と呼ばれるカササギだとわかったわ。
鳥たちは嘴を池につけてむさぼるように水を飲み始めたの。 一羽を捕まえようとして手を伸ばすと、
いっせいに飛び立って黒い羽をわたしの目の前で打ち合わせ、笑い声を上げながら飛んでいってしまった。


「これでわかっただろう、と池に戻りながら亀が言ったわ。泣いてもなんにもならないことが。
おまえの涙は悲しみを洗い流してくれないのだ。他の人に喜びを与えるだけだ。だから、
おまえは自分の涙を呑み込むことを学ばなければならないよってね」


でも、話し終えた母を見たとき、母もまた泣いているのがわかった。それで、わたしはまた泣きだした。
小さな池の底から水の世界を一緒に眺めている二匹の亀として生きるしかない。母とわたしの運命を思って。


(「ジョイ・ラック・クラブ」 エミィ・タン 小沢瑞穂訳)



わたしが産んだ娘だから

「どうしようもないのよ! 選択の余地はないのよ!」と娘は泣いた。何もわかっていないのだ。自分のことを話さないのは、
話さないのを撰んでいるいるからなのに。努力しなければ、チャンスは永遠に失われてしまうのに。


中国人として育てられたから、わたしにはそれがよくわかる。何も望むな、他人の悲しみを呑み込め、自分の苦い思いを腹におさめろ、
とわたしは教えられた。


娘にはその逆を教えてきたにもかかわらず、結局はわたしと同じようになってしまうなんて!

わたしが産んだ娘だからかもしれない。わたしもまた母が産んだ娘だからかもしれない。わたしたち親子は、階段のようなものだ。
一段ずつ上がったり下がったりするけど、みんな同じ方向に進むだけの。


自分の人生が夢であるかのように、ただ黙って人の話を聞いたり見つめたりするのがどんなものか、わたしは知っている。
見たくないときは、目を閉じることもできる。でも、聞きたくないときは、どうすればいいのだろう? もう60年以上もむかしに起きたことが、
未だにわたしの耳に聞こえてくる。


(「ジョイ・ラック・クラブ」 エミィ・タン 小沢瑞穂訳)



2007/01/24

最後の蟹

みんなが帰ったあと、母がキッチンに手伝いにきた。私は皿を片付けていた。母は、お茶を飲むためにお湯を沸かし、
小さいキッチンのテーブルについた。私は、母の叱責を待ち受けた。


「おいしい食事だったわ マー」 私は丁寧に言った。

「よくなかったよ」 母は、楊枝で歯をつつきながら言った。

「あの蟹はどうかしたの? どうして食べなかったの?」

「よくなかったのよ」 母は繰り返した。 「あの蟹は死んでいたわ。乞食さえそんなものは口にしないのよ」

「どうしてわかるの? 変な匂いはしなかったけど」

「茹でる前からわかるのよ。 足は---ぐったり。口は---死人みたいに開いていたわ」

「死んでいるとわかっていて、どうして茹でたりしたの?」

「考えたのよねぇ・・・・ひょっとしたら死んだばかりじゃないかって。そんなにひどい味じゃないかもしれないって。でも死んだ匂いがしたし、
肉がしまってなかったわ」

「他の人があの蟹を選んだらどうするの?」


母は私を見てにっこりした。「あれを選ぶのは、あんたしかいないわ。他にだれもいませんよ。わたしにはわかっていたの。
みんなは最高のものをほしがるの。あんたは別の考え方をするけどね」

それが何かの証明でもあるかのような口振りだった---何かいいことの。いつも母は、いいとも悪いとも取れるような曖昧なことを言うのだ。


縁が欠けた皿の最後の一枚をしまおうとして、ふと私は思い出した。「マー、なぜ私が買ってあげた新しいお皿を使わないの?
 気に入らなかったら、そう言ってくれればよかったのに。模様を取り替えられたのに」

 「もちろん、気に入っているわ」 母は苛ついた声を出した。「よすぎるものは、しまっておきたくなるのよ。そのうちに、
しまっておいたことも忘れてねぇ」

やがて母は、ふと思い出したかのように、金鎖のネックレスを首から外して翡翠のペンダントごと掌に巻き取った。
やおら私の手をとってそのネックレスを私の掌に入れ、指で包ませた。

「だめよ、マー」 私は言った。 「これは受け取れないわ」

「ナーラ、ナーラ」---いいからとっときなさい。叱るように母は言い、中国語で付け加えた。

「ずっと前からこのネックレスをあんたに上げようと思っていたの。私が素肌につけていたから、あんたもこれを素肌につけると、
私が何を願っていたのかわかるでしょうよ。これは、あんたの一生の宝になるわ」

「今夜あんなことがあったから、これをくれる気になったのね」 私は、ついに言った。

「あんなことって?」

「ウェヴァリーに言ったことよ。みんなが言ったことよ」

「ばかな! なぜ彼女の言うことに耳を貸すの? なぜ彼女の言葉を追い掛けてあとについていこうとするの? 彼女は、この蟹と同じだわ」
 母は、塵の容器に捨てられた蟹の甲羅をつついた。 「いつも横歩きして曲がってしまうだけ。
あんたはこれと反対の方向に足を出せばいいのよ」

そのネックレスを首にかけた。ひんやり冷たかった。

「この翡翠は、あんまりいい品じゃないわ」 母はペンダントに触れながら平然と言ってのけ、中国語であとを続けた。 「まだ若い翡翠なの。
今は淡い色だけど、あんたが毎日つけていればもっと深い緑になるわ」


(「ジョイ・ラック・クラブ」 エミィ・タン 小沢瑞穂訳)



木の要素

どうして私がいつも戸惑っているのか、その理由を母が話してくれたことがある。私に木の要素が欠けているからだ、と母はいった。生まれつき木の要素に欠けているため、大勢の意見に左右されるのだ、と。自分にもその傾向があるから、よくわかるのよ、と母は言った。

「女の子は、若木に似ているの。ぴんと背中を伸ばして、隣に立っている母親の言うことを聞かなければいけないの。強く真っ直ぐに育つには、それしかないのよ。でも、他の人の言葉を聞こうとして身をかがめると、曲がった弱い木になってしまうの。最初の強い風で地べたになぎ倒されてしまうでしょうよ。そうなったら、ところかまわず伸びる雑草みたいに地べたを這い、誰かに引き抜かれて捨てられてしまうわ」

(「ジョイ・ラック・クラブ」 エィミ・タン 小沢瑞穂訳)



2007/01/23

自分が何のために戦っていたのか

「今度こそ本当にわかったと思った。母が言ったことではなく、今までずっと真実だったものが。自分が何のために戦っていたのか、
わかった。ずっとむかし、安全だと思っていた場所に逃げていった怯えた子供 - 私自身のためだったのだ。
目に見えない垣根の奥に隠れた私は、向こう側に何があるのか知っていた。母のサイド・アタック。母の秘密の武器。
私の弱みを探り出す不気味な力。でも、垣根の向こうも覗いた瞬間、そこにあるものの実体がついに把握できた。鎧ではなく中華鍋を、
刀ではなく編み針を持った老女。娘が迎え入れてくれるのをじっと待つあいだに、ちょっとつむじ曲がりになってしまった母が、そこにいた。」


(「ジョイ・ラック・クラブ」 エミィ・タン 小沢瑞穂訳)



割り勘の結婚

「ハロルドが嫌がるとわかっていても、私は泣き出してしまう。私が泣くと、彼はいつも不機嫌になって怒る。
泣くのは狡い手口だと思っているのだ。だが、この喧嘩の焦点が見えなくなっている私には泣くことしかできない。
私はハロルドに食べさせてもらいたいのか? 分担金を半分より少なくしてほしいと頼みたいのか?
 すべての生活費を計算するのをやめるべきだと本気で思っているのか? そうしたとしても、頭で計算し続けることになるんじゃないか?
 結局ハロルドが大半を負担するのでは? そうなったら、私は対等意識がもてなくなって今よりもっと惨めになるのでは?
 そもそも私達が結婚したのが間違っていたのかもしれない。ハロルドは悪い男なのかもしれない。私が彼にそんなふうにしてしまったのかも。


どの考えもぴんとこない。何もかも筋が通らない。すべてが納得できず、どん底まで落ち込んでしまう。


「やり方を変える必要があると思うだけよ」まともな声が出せると感じたとき感じたとき私はいう。そのあとの言葉は涙声になる。
「この結婚生活の基盤がどこにあるのか、考える必要があるんじゃないかしら・・・・・お互いの貸し借りを記録したバランスシート以外に」」


(「ジョイ・ラック・クラブ」 エミィ・タン 小沢瑞穂訳)



アーノルドが死んだのは

「アーノルドが死んだのは自分のせいかもしれないと思うのは、それほど突飛なことではない。
おそらく彼は私の夫になるべき運命だったのだ。というのは、未だに私はこう考えているから。

この混乱にみちた世の中に、どうしてこんなに多くの偶然や類似や正反対のことがあふれているんだろう、と。なぜアーノルドは、
私にだけ輪ゴムで狙ったのか? 彼を憎み始めたのと同じ年に、なぜ彼は麻疹にかかったの? それに、
どうして私はまずアーノルドのことを思い浮かべ - 母が私のお茶を覗いたときに - 彼をあれほど憎むようになったんだろう? 憎しみは、
むくわれない愛の裏返しにすぎないのでは?

すべては妄想だと片づけられるようになってからでさえ、心のどこかで人は自分に釣り合ったものしか手に入れられないのだと感じている。
私はアーノルドを手に入れなかった。ハロルドを手に入れた。」


(「ジョイ・ラック・クラブ」 エミィ・タン 小沢瑞穂訳)



2007/01/19

運命とは

「私はビンのことを考える。彼に危険が迫っているのを知りながら放っておいたことを。自分の結婚生活のことを考える。
危険な兆候は見えていた、たしかに。でも、ただ放っておいたのだ。運命とは、
期待と不注意が半分ずつ集まってかたち作られていることに気づく。でもどういうわけか、愛する何かを失うと、信仰が取って代わるのだ。
失ったものを心に留めなければならない。期待を取り戻さなければならない。」


(「ジョイ・ラック・クラブ」 エィミ・タン 小沢瑞穂訳)



今はすべてを思い出せる

「でも、歳をとった今、一年ごとに人生の終わりに近づいていくにつれて、人生の初めに戻っていくようにも感じている。そして、
あの日に起きたことはすべて思い出せるようになった。なぜなら、何度も同じことを味わってきたから。あのときと同じ無邪気さ、信頼、不安、
不思議、恐怖、孤独-どうやって自分を見失ったかを。

今はすべてを思い出せる。そして八月十五日の今夜、ずっと昔に月の仙女に何をお願いしようとしたのか思い出せる。私を見つけてください・・・
・・・そう心から願ったことを。」


(「ジョイ・ラック・クラブ」 エィミ・タン 小沢瑞穂訳 角川書店)



2007/01/18

私は自分に約束した

「私は心の中で自問した-人間にとって、何が真実なんだろう? 河の色が変わるように自分が変わったとしても、
まだ同じ人でいられるのだろうか? そのときカーテンが激しく揺れて外は豪雨になり、みんなが大声で叫びながら走り回るのが見えた。私は、
ほほ笑んだ。初めて風の力を知ったことに気づいた。風そのものは見えなかったが、河にあふれる水を運び、田園地帯を形づくることがわかった。
風が男達を叫ばせ、踊らせることも。


私は目をぬぐって鏡を見つめた。そこに見えたものに驚いた。私は真紅のドレスを着ていたが、それよりももっと価値のあるものを見た。
強くて、純粋な自分の姿を。誰にも見えない、誰も取り上げることができない自分だけの思いがうちにあった。私はその風を好きになった。


私は頭をそらして誇らしげにほほ笑んだ。やがて刺しゅうした大判のスカーフを顔に垂らして自分だけの思いを包み込んだ。
でもスカーフの下に自分がいることはわかっていた。私は自分に約束した-両親の願いは決して忘れまい、だけど自分のことも決して忘れまい。」


(「ジョイ・ラック・クラブ」 エィミ・タン 小沢端穂訳)



私が母を愛するようになった理由

「私は、夢の中の母を崇拝した。でも、ポーポの枕元に立つ女性は、記憶にある母とは違っていた。それでも、
その母も同じように好きになった。私のところにやってきて許してほしいと哀願したからではない。そんなことは母はしなかった。
私が死にそうなときポーポから追い出されたことを説明する必要もない。そのことはしっていたのだから。
ただ不幸を取り替えるためだけにウーチンと結婚したことを話してくれる必要もない。それも私にはわかっていたから。


私が母を愛するようになった理由を話そう。私自身のうちに母を見るようになったからだ。私の膚の内にいる母を。私の骨の内にいる母を。
」

(ジョイ・ラック・クラブ エィミ・タン 小沢端穂訳)



傷跡

「二年もたつと、火傷の跡は淡くつやつやになり、母の記憶も失われた。傷はそうして治るものだ。傷口は、痛みの元を封じ込めるようにひとりでに閉じていく。いったん閉じると、その下に何があったのか、どうして痛みが始まったのか見えなくなってしまう。」

(ジョイ・ラック・クラブ エィミ・タン 小沢端穂訳)