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2007/01/28

母親が娘を愛するというのは

あなたのお父さんを愛していたと、娘に言えるだろうか? 夜はわたしの足をさすってくれた男。わたしの料理を讃めてくれた男。
ふさわしい日が来るまで大切にしまっておいた例の安物の装身具を見せたとき、素直に涙を流した男。彼がわたしに虎の娘を産ませてくれた日、
わたしはそれを彼に見せた。


そんな彼を愛していないなどと、どうして言えるのだろう? だけど、幽霊の愛だった。抱いてはいても、わたしに触れてはいない腕。
ごはんが盛られていても、わたしに食欲がなかった茶碗。飢えもなく、満腹感もなく。


いまは、セントも幽霊になっている。これで、彼とわたしは対等に愛し合える。彼は、わたしがずっと隠していたものを知っている。
今度は、娘にすべてを話さなければならない。彼女が幽霊の娘だということを。彼女には”ジー”がないことを。これが、わたしの最大の恥だ。
娘にわたしの精神を残さずに、どうしてこの世から去っていけるだろう。


そのために、こうしようと考えている。わたしの過去を洗いざらい掘り返して見つめてみよう。すでに起きてしまったことが見えるだろう。
わたしの精神を吹き飛ばしてしまった苦しみが。その苦しみが固くなって輝くまで、もっと明らかになるまで、
この手でしっかりと握りしめていよう。


そうすれば、わたしの猛々しさが-わたしの金色の部分と黒い部分が-取り戻せるだろう。その鋭い苦痛で娘のこわばった膚を貫き、
彼女の虎の精神を自由に解き放ってやろう。二匹の虎の常として、娘はわたしに刃向かうだろう。でも、わたしが勝ち、
彼女にわたしの精神を与えるだろう。母親が娘を愛するというのは、そういうことなんだから。


下で、娘とその夫がしゃべっているのが聞こえる。彼らは意味のない言葉を口にする。生命のない部屋に坐って。



2007/01/27

虎の女

リーナに、わたしの恥を話そうと思う。わたしが裕福で美しかったことを、どんな男にももったいないような娘だったことを。
物のように捨てられたことを。十八にして頬から美しさが消えてしまったことを話そう。恥辱とともに湖に身を沈めた女達のように、
身投げしようとしたことを。その男を憎むあまり、おなかの赤ん坊を殺してしまったことも。


その赤ん坊は、生まれる前に子宮から取り出してしまった。当時の中国では、生まれる前に赤ん坊を殺すのは悪いこととされていなかった。
それでも、悪いことをしたとわたしは思った。その男の長男の赤ん坊が体内から引き出されたとき、どす黒い復讐の念がわたしを満たしたからだ。


死んだ赤ん坊をどうしようかと看護婦からきかれたとき、わたしは新聞紙を放り投げて、魚みたいにそれに包んで湖に捨ててくれと頼んだ。
娘は、赤ん坊などいらないと思う気持ちがわたしにはわからないだろうと思っている。


娘の目には、わたしは小柄な老婆にしか見えない。それは、娘が外側の目だけでものを見ているからだ。彼女には”ツォンミン”-
内側を見通す力はない。娘に”ツォンミン”があれば、虎の女が見えるはずなのに、そして、畏れを抱くはずなのに。



娘の知恵

娘は、新居で最も小さい部屋をわたしにあてがった。

「ここはゲスト用の寝室よ」 リーナは自信たっぷりのアメリカ人らしい口調で言った。

わたしは笑みを浮かべた。でも中国の考え方では、娘夫婦が眠っている一番いい寝室が客間になる。そのことを娘には言わない。彼女の知恵は、
まるで底なしの池みたいなものだ。石を投げると暗い淵に沈んで姿を消してしまう。振り向いた目には何も映らない。


娘を愛しているけれど、わたしは胸の内を明かしたりしない。娘とわたしは、同じからだを共有している。彼女の心の一部は、
わたしの一部でもある。生まれたとき、すべすべした魚のようにわたしから飛び出して以来、娘は泳ぎ去っていく一方だ。娘の人生を、
わたしは向こう岸から眺めるように見つめてきた。だけどいま、わたしの過去のすべてを娘に打ち明けなければと思う。
娘の膚に食い込んで安全な場所に引き戻すには、それしかないのだから。



2007/01/25

鳥の逸話

夢の中を漂うに生きるのがどんなものか、わたしにはわかっているの。人の話を聞き、周りを見つめ、
目覚めてから何が起きたのかを理解しようとする生き方がね。


べつに精神分析医の助けを借りなくても、そう生きられるのよ。精神分析医は、あなたが目覚めるのを望んでいないんだから。
もっと夢をみるようにと勧め、池を探してそこにもっと涙を注ぎ込めと言うだけなんだから。実際のところ、
そんな医者はあなたの惨めさで腹を満たすもう一羽の鳥にすぎないのよ。


わたしの母はそりゃ苦しんだわ。面目を失ったことを隠そうとしたんだから。でも、もっと惨めになっただけで、
ついにそれも隠しきれなかったのよ。それ以上は何もわからないわ。


それが中国だったの。それが当時の中国の人達がやってきたことなの。他に選択の余地がなかったから。胸のうちをしゃべることもできず、
逃げることもできなかった。それが運命だったのよ。


でもいまの中国の人達は何かが出来るわ。もう自分の涙を飲み込んだり、カササギの嘲笑に耐えたりしなくてすむのよ。
それがわかったのは、中国から届いた雑誌でその記事を読んだからなの。


数千年ものあいだ鳥が農民を悩ませてきた、とその記事は書いてあったわ。彼らは群れをなして、
堅い土を掘り起こしては怒りの涙で種を育てる農民を眺めていたのよ。農民が立ち去ると、鳥が舞い降りて彼らの涙を飲み、
種を食べてしまったの。だから子供達は飢えて死んでいったの。


ところが、ある日、その疲れ切った農民達が---中国の各地から---そこかしこの畑に集まってきたの。彼らは、
食べたり飲んだりしている鳥の群れを見て 「こんな苦しみはたくさんだ、黙って耐えるのはもうごめんだ!」 と言い出したの。
彼らは手を叩いたり、棒切れや鍋を叩いて叫んだのよ---「スー! スー! スー!」---死! 死! 死!


この怒りの攻撃にあわてふためいた鳥たちは、いっせいに黒い羽をはばたかせて空に飛び立ち、騒ぎが収まるまで頭上を舞っていたの。
でも農民の叫びは激しくなる一方だった。鳥たちは疲れきり、舞い下ることも食べることも出来なくなったのよ。それが数時間から数日も続き、
ついにはすべての鳥が ---数百、数千、数万、そして数百万羽も!--- 地面に落ちて死んでしまい、
空には一羽の鳥もいなくなったというわけ。


その記事を読んだとき、嬉しさのあまりわたしが大声で叫んだのをしったら、あんたの精神分析医はなんて言うかしらね?


(「ジョイ・ラック・クラブ」 エミィ・タン 小沢瑞穂訳)



わたしが産んだ娘だから

「どうしようもないのよ! 選択の余地はないのよ!」と娘は泣いた。何もわかっていないのだ。自分のことを話さないのは、
話さないのを撰んでいるいるからなのに。努力しなければ、チャンスは永遠に失われてしまうのに。


中国人として育てられたから、わたしにはそれがよくわかる。何も望むな、他人の悲しみを呑み込め、自分の苦い思いを腹におさめろ、
とわたしは教えられた。


娘にはその逆を教えてきたにもかかわらず、結局はわたしと同じようになってしまうなんて!

わたしが産んだ娘だからかもしれない。わたしもまた母が産んだ娘だからかもしれない。わたしたち親子は、階段のようなものだ。
一段ずつ上がったり下がったりするけど、みんな同じ方向に進むだけの。


自分の人生が夢であるかのように、ただ黙って人の話を聞いたり見つめたりするのがどんなものか、わたしは知っている。
見たくないときは、目を閉じることもできる。でも、聞きたくないときは、どうすればいいのだろう? もう60年以上もむかしに起きたことが、
未だにわたしの耳に聞こえてくる。


(「ジョイ・ラック・クラブ」 エミィ・タン 小沢瑞穂訳)