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2007/02/15

コノリーが提示するリベラルな個人主義の問題点

この点、コノリーは、リベラルな個人主義の問題点を次のように語る。


「第一にリベラルな個人主義は、正常な個人を中心に据えるために、多様性の主張に対して冷淡なものとなり、非合理性、無責任、不道徳、
非行、倒錯というような異常と定義された空間に、多様性のための空間をあてはめるように個人に強いる。

第二にリベラルな個人主義は、正常な個体性の基準に固執するため、ルサンチマンを一般に醸成するのに手を貸す。そのため、
「実存の豊穣な多様性」-ニーチェならそう呼ぶだろう-を評価する倫理を肯定することは、
正常な個人にとっても異常な個人にとっても困難となる。

第三に、その法的な政治の概念は、リベラルな社会に個体性のための空間を設けるのに必要な政治的行為、戦闘。
闘争の度合いを軽視するきらいがある。」


(「ハンナ・アーレント入門」 杉浦敏子 藤原書店)


コノリー:Connolly, William E.、ウィリアム・コノリー、

引用文は、「アイデンティティー/差異 他者性の政治」 杉田敦也訳 岩波書店 から

参考:"http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/dw/connolly.htm">ウィリアム・
コノリー



2007/02/06

トクヴィルの個人主義

「個人主義は新しい思想の生んだ最近の言葉である。われわれの祖先は利己主義しか知らなかった。
利己主義は偏執的で度を超した自己愛であり、何事をも自分の利益にのみ関わらせ、すべてを措いて自己を撰ぶ態度に人を導くものである。
個人主義は静謐な思慮ある感情であって、個々の市民を同胞の群れから引き離し、家族と友人との別世界にひきこもらせるものである。それゆえ、
各自がこうして自分の小世界をつくりあげてしまうや、社会全体の方は進んでその動きに任せてしまうのである。」


「すべての人間の類似が進めば進むほど、誰もが全体に対して自己をますます無力と感ずる。自分が他のすべての人よりはるかに優れ、
彼らから区別される点は何も見当たらないので、彼ら全体と対立するとすぐ自分の方を疑う。自分の実力を疑問視するにとどまらず、
その権利にも疑惑をもつに至り、さらには大多数の人に間違っていると言われるときには、自分の誤りを認めんばかりの有様である。
多数者は強制する必要がない。人を説き伏せてしまうのである。」


(「アメリカにおけるデモクラシー」 A.トクヴィル 岩永健吉郎 松永礼二訳 研究社)