「こうして結局、アーバスの写真で一番心を乱されるのはその被写体ではさらさらなく、その写真家の意識が累積していく印象、つまり提示されているものはまさに個人的な視像、なにか任意のものという感覚なのである。アーバスは自己の内面を探求して彼女自身の苦痛を語る詩人ではなく、大胆に世界に乗り出して痛ましい映像を「収集する」写真家であった。
そしてただ感じたというより調査した苦痛については、およそはっきりとした説明などないものだ。ライヒによれば、マゾヒストの苦痛の趣味は苦痛を愛することからくるのではなく、苦痛によって強烈な感覚を手に入れたいという期待からくるという。
情緒とか感覚の不感症を患った人たちは、ただなにも感じないよりは苦痛でも感じた方がいいのである。しかし人びとがなぜ苦痛を求めるかについては、ライヒとは正反対のもうひとつの説明があって、それもぴったりくるように思える。つまり彼らはもっと感じるためではなく、もっと感じないために苦痛を求めるというのである。」
(「写真論」 スーザン・ソンタグ 近藤耕人訳 晶文社)
ライヒ:ヴィルヘルム・ライヒ(Wilhelm Reich、1897年3月24日-1957年11月3日) 、オーストリア・ハンガリー帝国ガリチアレンベルク近郊ホロドク西部ドブリャヌィ出身の精神分析家。(amehare)