淺野史郎:では、日本の格差社会の問題はどうですか。
宋文洲:正直言って、国に富がたまると格差が自然に広がる。これはどうしようもない。逆に貧乏な社会は格差が少ない。
淺野:僕がいまいちばん気になるのは、同じような仕事をしながら、たまたま正社員として遇されるのと非正規雇用とでは、
報酬や処遇がまったく違う。これはそのままにしてはいけない格差でしょう。
宋:僕も全く同じ見方です。ただし、その場合は「格差」とは言わない。これは「アンフェア」だと言っているんです。不公平なんです。
しかも違法性がある。これは許せないと思う。格差じゃない、これはアンフェアですよ。
淺野:アンフェアと格差は違う。
宋:違う。格差というのは、あくまでチャンスが均等の下でもたらせられるものです。
淺野:たまたま結果がそうなった、ということですね。
宋:そうです。たとえば世襲も格差じゃない。自民党はほとんど世襲制でしょう、今。そこから生まれた格差は格差じゃない。
これはアンフェアです。それから、経営者の二代目が全部また経営を相続した上で会社のお金を自由に自由に使うというのも格差じゃないね。
これは社会システムのアンフェアです。法律で直すべきです。
淺野:なるほどね。どれが許される格差なのか、結果としての格差なのか、
それともアンフェアなのかということを見極める目も必要だということですね。
淺野:話は変わりますが、日本と中国の関係について、新しい展望みたいなものはお持ちですか。
宋:僕は、日本と中国のこの二、三年間の国民感情の悪化をもたらした唯一の理由は政治だと思っています。簡単です。
政治によって悪くなった環境は、政治によってまたすぐ回復する。日中の国民同士は、
お互いに許せないという気持ちを持っているわけでは決してないと思う。たとえば、もし中国人が本当に日本人のことが嫌いだったら、
はっきり言って、日本製品は中国であんなに売れるわけがない。本当に感情的なレベルで対立の根が深いのならば。
あと、僕は北京にも家があるんですが、北京で生活している北京の街の日本人の多さに気づきます。日本料理屋さんの多さ。
ごく普通のように日本人が溶け込んでいる状況。もちろんデータを見ても、日中の貿易額は、香港を除いた数字ですが日米の貿易額を越えている。
日中の貿易はどうして成り立ったのか。一つひとつの電話、一つひとつのファックス、一つひとつのメール、一つひとつの面談の結果なんです。
要は、経済に関わっていない人間には理解できない深い結びつきの根が、そこに張っているんですよ。
これまでの日中関係というのは、田中角栄さんや周恩来さんによって、ただ政治によって訴えられた日中友好から、
だんだん政治と関係ない経済のレベルや文化のレベルで、隅々までお互いに絡み合ってくるようになってきました。
政治の側が悪くしようと思っても、なかなかできないような状況になってきました。それを、
今回明らかに政治の側はもっと悪くしたかったんですよ。でも国民は、これ以上はもうやめてくれ、と。
国民世論は政治に対してノーを言い出しているから、政治家も軌道修正をせざるを得ない。これは日中双方がそうなんだよ。
淺野:お互いがお互いを必要としている関係が、経済的にも、もう後戻りできないくらいにできてしまったということですね。
宋:そうです。仲良くするいちばんの方法は、お互いの利益を、お互いが共有することです。口で言っているだけではやっぱり危ない。
夫婦関係で言うと、子どもができたら離婚しにくいのと一緒よ。
淺野史郎:慶應義塾大学総合政策学部教授。前宮城知事
ソウ・ブンシュウ:1963年、中国山東省生まれ、ソフトブレーン株式会社マネジメント・アドバイザー、工学博士
(「世界」 2007年1月号 「合理主義で日本を変える」)