弘前市の女性は縫製の仕事をしている。01年に時給604円だったが、06年に610円になった。
青森県の最低賃金が610円になったからだ。5年間で6円の値上げはあまりに少ないので、会社に交渉したら。「中国人の研修生は、
時給300円で働いている。不満なら辞めろ」と言われた(朝日新聞 07年2月6日)。
ILO報告によると、東南アジアの若年(15~24歳)失業率は95年は9.7パーセントだったが05年には16.
9パーセントになった。アジアの人口増加が背景にある。2050年までにインドで5億7000万人、パキスタンで1億6000万人増加し、
その内、0歳から14歳までの子どもが30パーセントを占める(朝日新聞、06年8月29日)。
同調査で、世界の若年総人口は10億人、労働人口は6億5700万だが、失業は13.5パーセントで、
95年から05年までに1000万人増えた。人口増が13パーセントで雇用増が4パーセントだからだ。中東と北アフリカの若年失業は25.
7パーセントだ。全失業者の44パーセントは若者だ(朝日新聞、06年10月31日)。
韓国では無職の若者が120万人、「白手=ペスク」と呼ばれ、軽蔑の眼差しでみられる。逆に若者たちは56歳以上の人たちを
「あんたたちがいるから我々が就職できない」といい「給料泥棒」と呼んでいる。(朝日新聞、07年1月7日)。問題を個人化し、
互いに憎しみ合う心性はグローバル資本にとって都合がいい。
韓国では高学歴者ほど就職難である。大卒正社員は50パーセント弱で、過半数が短期の単純作業に就く。
日本の大学進学率は52パーセントだが、韓国は82パーセントにもなる。教育と学歴がいかに幻想をふりまくかが分かる。
06年の3月から4月にかけ、フランスでは、新雇用法に抗議して300万人の市民や学生や労働者がデモに参加した。アメリカでは、
移民規制の抗議デモは200万人に達したから、仏米同時に数百万の人々が街頭に出たことになる。
フランスでは輸送関係労働者と学校教職員がストに参加した。若者が線路や道路に侵入し、交通網が寸断された。全国で13パーセント、
パリでは40パーセントの高校で授業ができなかった。
ロスアンゼルスでは5万人の高校生がウォーク・アウトと称して、学校の塀を乗り越えて歩き始めた。それに呼応しアリゾナ・シカゴ・
ニューヨーク等の高校生がネットで連絡し、ウォーク・アウトをした。
フランスの新雇用法では、26歳未満の若者を理由なく解雇できるようにしようとした。若年失業率が9パーセント、
高卒失業が14パーセント、中卒失業が40パーセント、移民系の若年失業は50パーセントに達する。失業率50パーセントとは、
進学しない者のほぼ全員が失業していると見た方がいい。
アメリカの場合、1986年の移民法改正で、その時までの移民が合法化された。だがその後の移民が後を絶たず、
新移民は1200万人になり、各地で移民を締め出す動きが生じた。移民のために「医療や教育費の負担が増し、国益を損ねる」との声に応え、
政府は移民制限法を出した。
ラチーノといわれるヒスパニック系の人々は、建設業や農業や清掃や調理の仕事に就き、安い賃金で働いてきた。
それを犯罪者扱いするのは何事か、と反発している。不正移民取締法が通れば、アメリカ国籍を持つラチーノの子たちが、
国籍のない親と別居せざるを得ない。
フランスとアメリカ両国とも、共通の背景がある。労働力の国際移動だ。アメリカは直接移民が問題となっているが、
フランスも東欧や中近東からの移民があり、それが国内の雇用を悪化させたからだ。
先進国政府は、移民を止めれば自由化に反することになり、移民を止めなければ、
国内の若者や労働者の反発を招くジレンマに立たされている。グローバル経済の動きを止めない限り、解決しそうもない。
多国籍企業はアジア・アフリカ・ラテンアメリカと東欧諸国の経済格差を利用して収益をあげ、物と金が国境を越えて移動しているのに、
人の移動だけをストップするのは不可能である。
世界の最低賃金は3億5000万人(OECD調査)いる児童労働の賃金だろう。中でも1億7000万人いるスゥエット・ショップ
(搾取工場)では時給6円である。経済の自由化が続けば、先進国の労働者の賃金が限りなくこれに近づく。
労働者の使い捨て時代に突入した。「クリネックス・レイバー」と言われ、労働者がティッシュペーパーのように使い捨てられる。
各国の政府は国際労働市場のシステムを変えずに、劣悪な労働条件を国民に強いている。
このシステムを作ったのはWTOに結集した多国籍企業だが、その力は国家を凌駕している。
フランスやアメリカの抗議デモや若者の暴動はこのシステムに反対した。「このシステムが国民の将来の生活を脅かす」という意識があり、
その意識を持つ人々が数百万人に達した。
数百万のデモは日本で見たことがない。日本の労働者や若者も同じ状況に置かれているのに、それに気づいていない。この国では、
心性操作が巧みに行われているからではないか。自らの置かれた状況への認識を欠くことが怖い。全体状況を知らずに、
身辺に見る犯罪や貧困を個人のせいにし、「誰か悪いヤツが隣にいる」と思う。その思いが民衆ファシズムにつながる。
(「現代思想」 2007年4月号 「教育と心性操作」 佐々木賢)