ダイアンは午後早くに着いた。ブラインドをおろした部屋には灯がともり、
ウェストは泳ぐような奇妙な足どりで影の中から姿をあらわしたが、いかにも傍若無人な態度だった。そして、シャッターの音を伴奏に、
健康食品や浣腸やセックスの美容上の効果などについてしゃべったが、それはいずれも若さを保つための努力だった。「日にあたっちゃ駄目よ!」
と、ウェストはしゃがれ声で警告した。「太陽の光にあたるとしわができる!」そう言って、
ウェストはもう何年も日中はアパートから出たことがないとつけ加えた。「太陽は大嫌いだわ」。ダイアンはそれに答えて、
自分もあまり太陽は好きではない。太陽はぎらぎらしすぎて神経にさわり、いらいらするし、まぶしくて目が開けられないからだと言った。
二人は、闇のほうがずっと好きだということで意見が一致した。
撮影がすむと、ウェストはダイアンに百ドル札を渡し、「ありがとう、ハニー」と言って、衣ずれの音とともに出ていった。
ダイアンはこれが習慣なのだろうと思った -1930年代に、
ウェストは映画のセットでスチール写真を撮るカメラマンにチップをはずんでいたのである。しかし、
ダイアンはお会いできてとても嬉しかったというメモをそえて、お金は返した。ところが、1965年1月号の『ショー』誌に、
ダイアンの皮肉な文章のついた写真が掲載されると、ウェストは激怒して弁護士を雇い、発行人のハンティントン・
ハートフォードに抗議する手紙を書かせた。「不都合かつ残酷で、まったく美しくない」ということだった。ダイアンは度を失った。
「モデルの中に自分が発見したものを相手が気に入らないと、彼女は本当に驚いた」と、チャーリー・レノルズは語っている。しかし、
そこにはダイアンがとらえた外面的なイメージ以上の何かがあって、それがつねに相手を困惑させたのだ。この場合、ウェストは -
肉体の曲線美を誇示しているが- 賞賛すべき女性には見えなかった。そして、
彼女の寝室の調度はハリウッドならではの現実のイミテーションでしかなかったのである。
(「炎のごとく 写真家ダイアン・アーバス」 パトリシア・ボズワーズ 名谷一郎訳 文藝春秋)