「彼女は素晴らしかった。3フリッパーのスペースシップ・・・・、僕だけが彼女を理解し、彼女だけが僕を理解した。僕がプレイ・ボタンを押すたびに彼女は小気味の良い音を立ててボードに6個のゼロをはじき出し、それから僕に微笑みかけた。僕は1ミリの狂いもない位置にプランジャーを引き、キラキラと光る銀色のボールをレーンからフィールドにはじき出す。ボールが彼女のフィールドを駆けめぐるあいだ、僕の心はちょうど良質のハッシシを吸うときのようにどこまでも解き放たれた。
様々な思いが僕の頭に脈絡もなく浮かんでは消えていった。様々な人の姿がフィールドを被ったガラス板の上に浮かんでは消えた。ガラス板は夢を映し出す二重の鏡のように僕の心を映し、そしてバンパーやボーナス・ライトの光にあわせて点滅した。
あなたのせいじゃない、と彼女は言った。そして何度も首を振った。あなたは悪くなんかないのよ、精いっぱいやったじゃない。
違う、と僕は言う。左のフリッパー、タップ・トランスファー、九番ターゲット。違うんだ。僕は何一つ出来なかった。指一本動かせなかった。でもやろうと思えばできたんだ。
人にできることはとても限られたことなのよ、と彼女は言う。
そうかもしれない、と僕は言う、でも何ひとつ終わっちゃいない、いつまでもきっと同じなんだ。リターン・レーン、トラップ、キック・アウト・ホール、リバウンド、ハギング、六番ターゲット・・・・ボーナス・ライト。121150、終わったのよ、なにもかも、と彼女は言う。」
(『1973年のピンボール』 村上春樹)