2007/02/07

エヴァンズの写真

「英雄的な抑揚がなくとも、エヴァンズの計画はやはり美と醜、貴と賤の間の差別を平等にするというホイットマンのそれから出ている。
撮影された個々の事物や人物が一枚の写真になり、それによって彼のどの写真とも道徳的に等価になる。
エヴァンズのカメラは1930年代初期のポストモダンのヴィクトリア朝風建物に等価になる。
1936年アラバマ州の町の大通りに並ぶ商店の建物にも、同じ形式美をもたらした。
しかしこれは水準を上げることであって下げることではなかった。エヴァンズは自分の写真が「博学で、権威があり、卓越している」
ことを望んだ。1930年代の道徳の世界はもう私たちのものではないから、こういう形容詞は今日ではほとんど信じられなくなっている。
だれも写真が博学であることなど要求するものはいない。だれもそれがどうして権威をもてるものなのか想像できるものはいない。
だれもなにかが、わけても写真などが、どうして卓越しうるものなのか理解できるものはいない」


(「写真論」 スーザン・ソンタグ 近藤耕人訳 晶文社)