2007/03/19
不可視性としての写真 3.写真表現=記号の存在論(2)
ビュスタモントが、極限まで表層を浮上させた構造としての写真性を、ウェリングはレフェランの中へ解消=解像させる。画面にレフェランが現れ、ちょうど質量が空間を歪めようと、画面を歪ませ、その歪みにおいて写真的不可視は表出される。そこで、ウェリングが重視するものが、固有名である。彼は写真の解像度(つまり、レフェランの中への構造の解消=解像)を上げることで、画面に歪みをもたらすが、この歪みをもたらすものこそ固有名詞である。ウェリングの作品に、(抽象写真をシリーズを除いて)全て、撮影した場所の名前が入っているのはその為なのだ。
例えばフォルクスワーゲン工場/Wolfsburgのシリーズを見よう。ナチスの、国民総モータライゼーション政策の拠点として、人工的に中央ドイツの荒野の真中に出現した街、ヴォルフスブルク、その旧市街は、工場労働者の為に計画的に建造されたものだが、大部分は爆撃を免れ、今でも残っている。ウェリングが被写体として選んだそれらの町並みのいくつかは、ナチスの過去を連想させる美学的特徴を帯びている。けれども、写真の時間性が、写真の中で過ぎ去った時間にあるのでなかったように、ウェリングは過ぎ去ったナチスに思いを馳せているのではない。
ドイツの人工的都市、鬱陶しいほど、偏執的に絡み合った、灰色の空を覆い尽くす冬木立の中産階級向けの凡庸な住宅棟の異様な輝き。撮影されているものは、ごくありふれた日常的断片であるが、それらの存在ははっきりと、あの時代の歴史性に「浸透させて」いるのである。歴史がまだ残っていて、人に過去の忌まわしい記憶をよみがえらせる、等というという陳腐な追憶としての過去は問題ではない。ウェリングの作品によって、その歴史性は、目の前の建物や工場から、切り離せないものとして、それらの被写体を単なる表象から、レフェランにし、「特に、どこといって変なところはないのだが、何かが変である」レフェランの力によって、ウェリングは構造を歴史性の中へ解消=解像するのだ。
また、アメリカの奇妙な郊外住宅を撮影したRailroad Townsのシリーズはどうか。
スタイルとして一見ビュスタモントに接近しているように見えるが、ここで、ウェリングが見据えている歴史性は、ヨーロッパからの差異として、言い換えれば、ヨーロッパの突然変異としてのアメリカの歴史性である。(恐らく、日本の建売住宅展示場なら、もっと凄まじくも滑稽な醜悪さが顕在化しているだろう。) この歴史性は、何等かのアメリカ通史に位置付けられるような歴史ではないのは、ヴォルクスブルグの場合と同じである。建築家リチャードソンの設計した建物を撮ったシリーズでは、その点がまだ曖昧であったものが、Railroad Townsのシリーズでは、明確にされ、その結果、顕在的な歴史的データに還元されてしまうような歴史性は注意深く取り除かれ、どこにでもある、日常的な光景の中に浸透した歴史性だけが抽出されている。もっと具体的に言えば、一面においてこの歴史性とは、様々な様態(アメリカの郊外住宅や建築家の設計や、果ては日本の展示場のように)において転調、変調を受けつつ現れる19世紀近代である。しかも、別の面では、それはまさにこの近代が被っている変調と転調そのものである。かつてのウェリングは前者に重点をおいていたが、最近では作品が純化した結果、後者へと向かっている。
しかし、何故19世紀なのか。
「ポストモダン」、例えば、自己言及性、メタフィクション、メディアのリアリティ、「大きな物語」の終焉とか、メディア空間での軽やかな差異の戯れ、シュミレーショニズムとか、カットアップないしリミックスによる無限の自己生産とか、それらしき定義を我々は既に幾つか聞いている。しかし、以上の規定のすべては、実は既にまずドイツロマン派にあてはまってしまう。言い換えれば、それらは19世紀的=モダンなのだ。作品が完結した作品としてではなく、言語の自己展開によって無限に反射を繰り返すプロセスとして構成されることは、シュレーゲルの美学の一つの理解だろうし、作品が自ら自分の虚構性、あるいは虚構としての完結性を裏切って暴き立ててしまうこととしてのメタフィクションはホフマンの写真では珍しくなく、人間とか天才とか言った「大きな物語」が卑近な茶呑み話へと転落し希薄に流通する様なロマン派ではないがグラッベの作品を見ればよく、メディア的現実性に取り巻かれている事への認識はその名も「モダンの批判(1846)」というキルケゴールの一文にあらわである。彼らが新しいのではない。我々が古いのだ。
ここから2つの重要な視点が提起されるだろう。
1つは、ポストモダンと専ら言われている概念は実はモダンであるということ。そして、その際モダンとして了解されていたこと(大きな物語、作品の統一性)はむしろクラシックだということ、従って、ポストモダンなるものはこれまで基本的に存在しなかった。
次に、しかし逆に言えば、モダンの概念が抽出され得るということは、すなわち我々の生きている生の諸条件がもはやモダンなものではなくなり、いわば認識論的な距離で獲得していることの結果であるということ。言い換えれば、我々はポストモダンな世界を既に生きているために、未だにポストモダンを認識できない、丁度自分の見ている眼を自分では見ることが出来ないように。
だから、ウェリングがモダンに視線を向けることが、彼のポストモダンと矛盾するものではないことは明らかである。彼にとって近代とは、写真性そのものである。彼が選択する被写体が、全ての写真の発生期と平行していることを思い出そう。Railroad Townsのシリーズにおいて、我々は、近代の視覚構造としての写真的不可視、それが様々な様態において変調され、その変調とともにレフェランの中に織り込まれていることを知るのである。
こうして、単なる美醜とは異質の、見苦しい奇妙さ、醜悪さとして現れる、写真表現に固有の歴史性、その最も意識的な表現を我々はジェームズ・ウェリングの最近の仕事において見るであろう。ウェリングに写真史に対するいわゆるポストモダン的な参照、皮肉を見るのは大きな誤りだと思う。重ねられた歴史性は美術史や写真史のそれではない。写真の時間性が経過する時間でもなく、瞬間でもなかったように、それは「外・時間」に属し、この時間性=歴史性が、写真の1つ1つのレフェランに内在している。そして、これらレフェランの特質とは、写真的に不可視だということだ。写真的不可視、それは全面的可視性の世界の真中に、灰色の光を侵出させる。
(「不可視性としての写真」 3.写真表現=記号の存在論 清水穣)
不可視性としての写真 3.写真表現=記号の存在論(1)
我々が扱ってきた、問題の系列を今一度挙げてみよう。写真-写真性-レフェランという基本軸があり、そこに、それぞれ潜在性、表層性、モンタージュという概念が絡まっている。写真とは表象するものであり、写真性は表現されるものであり、そしてレフェランは表現である。そして、表現するものは潜在的であり、表現されるものは表層においてされ、レフェランは本質的に(狭い美術史的な意味ではなく)モンタージュである。全てに共通する性質は、中間的な境界線上の質、すなわち写真的不可視-色彩、である。そして、最終的に、これらは、視覚構造の外で写真という記号の存在を形成している。
我々は、写真という言葉を技術的、社会的に制約された一連の表現形式とは別に考察してきた。つまり、写真性を持つ表現は全て写真であり、例え印画紙とカメラによる表現でも、写真性を持たないものは写真ではない。
なるほど、これは突飛な言い方であり、観念的だとの誹りを受けるであろう。我々は、無条件にある伝統的な認識論の図式に従って、私がいて、私の周りの世界が在って、それを私は写真に撮る、と考える。そこに時間性を導入して、かつて私が撮影した時には、意識していなかったものを、現在私は写真において認識する、というふうに、潜在意識が発見され、たとも考える。どこに写真の衝撃があるというのか?また、これはリアリズムの基盤であるが、リアリズムほど観念的なものがあろうか?
我々は、この前提を捨てるところから論じ始めた。写真の衝撃とは、それが世界を凍り付かせ、我々を世界の境界まで連れて行くところにある。この衝撃は、写真の本質として常に潜在しているものである。そこから、構造も無意識も時間性も、あるいはリアリズムも考察されなおさねばならなかった。そして、衝撃がどこから来るのかという問題が残っている。
そこで、ここでは、具体的に現代の写真表現を論じていきたい。「複製技術時代の芸術」からほぼ60年の間に起こったことは、視覚そのものの写真化である。視覚の写真性はもはやジャンルとしての写真を越え、例えば非常にデジタルなメディアとしてのアニメーション映像において、まさしく最も顕著であり、「意識から漏れたものが写っている」という事実に19世紀的な驚愕をおぼえる人はもはやいない。何故なら、1章でも言及したように、我々が視覚的無意識を日常的に回収してしまったからである。
可能性と潜在性の差異、この無視されやすい微妙な差異をとびこえて、潜在的なものは、都合よく可能的なものとして回収されてしまった、「眼では見えなかったけど、カメラには写っている」という具合に。
潜在性を、可能性の時間的落差(見えなかったが、写っている)へと回収し、こうして全てのものは可視的になった。カメラとはこの、全面的可視性の表現だったのである。眼に見えるとか、眼に見えないとかいう二分法は消滅した。カメラに写るものが見えるものであり、現実的である。そして原理的にカメラ(それは光学カメラには限らない)で撮影されないものはないのだから、我々には見えないものはない。ここから、アニメーション映像は、映像として成立し、またこの全面的可視性において「カメラ的」なのである。一方で、ベンヤミンには見えなかったものを日常的な可視性の中へ回収した代償として、我々は彼には見えていたもの(潜在的な質)をそれこそ見失ってしまった。
1章において我々は、写真の本質とは、視覚構造にとっての絶対的外部として内在する、写真は不可視である、と規定した。潜在的な視覚性として、この写真的不可視は決して見られないが、レフェランの中に存在している。何故、我々にはそれがわかるのだろうか?
決して見られ得ないものの存在を我々に向って表出すること、これが現代の写真の問題であろう。
同時にそれは上で述べたような現代の視覚性から逃れ、その絶対的に潜在的な質にむかって撮られるものである。それは「見えなかったものも見る」近代の写真とは逆に、何も写っていないことによって、写真化した視覚性を本質的に逃れたもの(潜在性としての「不可視」)が写っている写真である。事件、風景、霊魂・・・・・・いずれにせよ何かを表象して写している写真は最初から失敗している。
現代の写真を見ることは出来ない。何故ならそれは見ようとしない人にだけ見える(完全な自動詞的意味において)ものだからである。
出来る限り無表情なもの、そして眼には映っているが決して見てはいないもの、いわば視覚領野の余白部分-例えば給水塔(ベッヒャー)、人の顔(ルフ)、美術館の雑踏(シュトルート)、凡庸な風景(ビュスタモント)、劇場のスクリーン(杉本博司)等など-を、被写体として固定してしまうことである。写真から「見られたもの」を排除するこの方法論は正当ではあるがしかし彼らは大抵シリーズ化したルーティンワークに陥っている。
コンセプトとして純粋なその退屈さを克服しようとすると、決まって知的情緒とでも呼びたい無人の映像表現が現れる(杉本博司の海、シュトルートの風景)。現時点ではもうこの方法論は適用しないといってよいだろう。
「無人」の表現は往々にして「空虚」な表現に陥る。杉本の無人の海は、観る者の情緒を誘う。つまり、無人の海に写っているのは空ろな「私」である。しかし、写真性は空虚、隙間、真空を嫌う。だから、写真の「無人」性とは文字どおり、人(「私」も含めて)の無い性質であり、単一の写真性の露出でなければならない。
ベッヒャー的な方法論から出発した作家の中でも最も先鋭的な1人であるビュスタモントの風景のシリーズ「タブロー」を例にとろう。
何故「タブロー」なのか? リヒターの写真絵画の逆である。何故写されているものは造成地なのか? 2つのシステム-人工と自然-の中間に広がる場所だからである。ビュスタモントは、写真の本質としての不可視性が、中間的な存在であることを示唆し、そして、それが色彩と深い関係にあることを「カラー写真」によって示している。彼の人気のない造成地の写真は、もはや杉本の海のような、空っぽの「私」を写している無人の風景表現ではなく、無人性と言うことが単なる事実の確認にすぎない風景表現である。
ビュスタモントの写真には、見られたものもなく、見るものもない。何故なら、そこには、視覚領野の構造としての不可視性(「見ている」)だけが存在しているからである。
この純粋度と、不可視性の追求は驚くべきものがあるが、ビュスタモントでは、1つ1つの風景から、徹底的に意味がはぎとられ、その選択は任意である。その結果、レフェランが生じずに、画面には恐るべき平板さが拡がることとなる。我々に写真的不可視を感じさせるのは、この異様な平板さであるが、他方で写真的不可視としての構造は、内在化の契機を与えられず、低い解像度のまま、どことも知れず画面の表層で漂いつづけるばかりである。ビュスタモントの徹底性と純粋さが、写真的不可視を他に例を見ないほど表面へ押し出しはするが、それが同時に限界になっているのだ。構造は、解体=解像せず、不可視の膜として画面の表層にせり出すだけである。
(「不可視性としての写真」 3.写真表現=記号の存在論 清水穣)
2007/03/17
不可視性としての写真 2.表層-色彩に関するノート(1)
2.表層-色彩に関するノート
写真の絵画性とは何だったか。この問題に対して、我々は逆説的な答えで答えたい。つまり、絵画的写真は存在しなかった、逆に、
写真的絵画だけが存在したのである、と。写真と絵画の技術的な相違に惑わされてはならない。肖像画家が写真家に鞍替えしたのは、彼らが「顔」
という写真と同じ性質を持った特権的な記号を既に表現していた=写真を撮っていたからである。観相学と骨相学は、
形を変えた写真論に他ならない。また19世紀後半に、典型的な印象派スタイルで描かれた膨大で凡庸な絵画群は、
スナップ写真のように見えはしないだろうか?
しかし、ここで考察したいことは、むしろ、絵画が写真と共通に持っているもの、つまり絵画の写真性についてである。
例を挙げよう。モネ晩年の巨大な水連の連作を眺めながら、何故これほど抽象的な絵が「水連」と題されているのだろうと考える。
ターナーの空気とは異なる水連の絵画には何が描かれているのか。水連の池の周りの風景は障壁画の枠のように描かれているだけである。
細かく縮れ乱反射しながら水面に映りこむ別世界の水連が描かれるとき、雰囲気で充満した水辺の風景は、一気に厚みの無い純粋な映像へと転じ、
そこに現れるものは冷たく透明な表層としての水面である。非物質的で、それ自身は視覚と逃れながら、
すべての映像を映像たらしめる冷ややかな水面=表層。これこそ「水連」によってモネが描こうとしたものであり、
モデルニテと呼ばれるものの一つの本質であり、そしてターナーの空気からモネを峻別するものである。冷たく透明な表層が、
それ自信は視覚から逃れる時、それはしばしばhaptique(触覚的な視覚性)な表現形式をとる。
もう1つ例を挙げよう。Ⅰ章で論じた潜在性を絵画が獲得する為には、そして、それが現代絵画の冒険であったはずだが、
絵画的空間と表層を多重化する、つまり亀裂を走らせ、異なる空間と位相の間を産み出し、それらの間に運動を起こす手続きが必要である。
これこそ、モンタージュと呼ばれるものに他ならない。風景や林檎、サンヴィクトワール山や水浴する人々が、潜在性を帯びる為に、
1つの画面の中で様々な空間と表層が重なりあい、また結晶の1つ1つの断面のように連結しあうような構成が求められた。
「そのおのおのが宝石の切断面のように輝く無数の運動・・・・・・」
私は、この表層とモンタージュが絵画の写真性をなしていると考える。そして、この意味での写真性の最も統合された表現をゲルハルト・
リヒターに見る。
haptiqueな表層のさらに高度な表現、つまり、水連を必要としないほどに完成された表現を、彼のAbstract
Paintingに見ることが出来るだろう。そこでは、ある色面が別の色面に折り重なり、あるいは畳み込まれることによって、
言い換えれば色面がモンタージュされることによって、異常な深みを持った表層(矛盾した言い方だが)が出現している。モンタージュ、色彩、
透明性、表層に対するリヒターの深い洞察によって、その作品には絵画における不可視性であるところの「光=色彩」が漲っているのだ。
彼が抽象絵画と同時に写真を元にした作品を制作していることこそ、リヒターのユンシステンシーに他ならない、つまり、どちらのスタイルも、
リヒターの「写真」なのである。2つのスタイルをつなぐものは"painting"ではない、"abstract"のほうである。
どちらの写真の抽象的な潜在性の表現なのであり、それが抽象絵画では光として、写真絵画ではレフェランとしてあらわれている。色彩は、
写真と(別にカラー写真であるか否かは問題ではない)本質的な関係にある。
写真的な認識の布置をクレイリーがゲーテの色彩論から論じ始めているのは偶然ではないのだ。
(「不可視性としての写真」 2.表層-色彩に関するノート 清水穣)
不可視性としての写真 2.表層-色彩に関するノート(2)
ところで、ヴィトゲンシュタインが(白黒)写真について考察するとき、彼の関心もまた色彩にある。
ヴィトゲンシュタインはまず、それ自体として存在する色というものはない、と言う。
ある絵画の中の青はカラーチャートの青とは別の色である。もっとも、このように色を色調として捉える、つまり、
ある色は常に他の色との関係において見られ、理解される、という考え方はそれ自体目新しいものではないし、色彩学の常識であろう。しかし、
彼はそこに透明性という概念を絡ませる。それは、透明色のことではなく、不透明色が産み出す効果としてのそれである。例えば、
油絵にかかれた透明なグラスの表現がそうである。色彩が、基本色に基づいた互いに示差的なシステムをなすならば、透明性というのも、自ずと、
その中の1つの関係性に他なるまい。例えばジョゼフ・アルバースなら、透明性とは、
2つの色の間にその2色の丁度中間の色を置いたときの生じる相互効果だと言うだろう。しかし、白~灰色~黒という階調には透明性は生じない。
何故か?
また、彼は色盲の人の色覚を問題にする。赤緑色盲の人に不可能なことは、赤と緑を区別することであって、
赤ないし緑を見ることではない。もし、色彩が示差的なシステムをなすとするならば、例え赤が知覚出来ないひとでも、
その他のすべての色ではない色として、赤が見えるはずである。いわば、生きられた色彩システムとして、色盲の人が赤を見ているとすれば、
何故、緑との区別がつかないのか?それは、システムの中で緑が占める関係性と、赤のそれが同じだからであろう。しかし、それなら、
何故正常な色覚の持ち主は、赤と緑を区別出来るのか?
これらがヴィトゲンシュタインの執拗な問である。彼は、色彩学の常識から、モンドリアンやカンディンスキーの「コンポジション」
へ進む代りに、驚くべき結論にいたる:グレースケールはすべての色の中間領域に分布する色であり、つまり、
アルバースによれば透明性の効果を可能にする色である。光が眼に見えない代りに、眼に色彩を見せるように、
灰色の階調は透明性を視覚にもたらすのだ。同様に、我々が赤と緑を区別し、赤色、緑色を別の色として見ることが出来るのは、
それ自体として不可視な中間色、すなわち赤緑・緑赤-無論、こんな色彩は現実にはない-のおかげである。色盲の人にかけているのはまさに、
この中間色なのである。たしかに「色についての考察」という断片的な書物から、
統一的なヴィトゲンシュタインの主張というものを導くのは困難である。しかし、私は、結局彼が言いたかったことは、
色彩というものの視覚自体に対する外部性ではないか、つまり色とは眼に見えないものなのだ、ということではないかと思っている。
不可視性としての色彩、中間に生じるものとしての色彩、という考え方は、音楽を例にとれば最もはっきりするだろう。
音楽を聴くと言うとき、我々は音と音の関係を聴取しているのであって、音を聴いているわけではない。従って、それ自体としてある音の色、
つまり音色という考え方は最初から妥当性を持っていない。
様々な音色の多くの楽器を使ったからといって、ある楽曲が「色彩豊か」になるわけではない。そうではなくて、
音の関連性=調性ももつ色彩というものがある。同じメロディでも、
ハ長調で奏でられるときと嬰ハ長調で演奏されるのでは色彩感が異なっている。しかしここから、例えばハ長調は赤、嬰ハ長調はオレンジ色・・・
と対応させるのは滑稽である、何故なら、それでは音色と同じことになってしまうだろう。実際、調性の色彩感を我々が感じるのは、
転調の瞬間だけである。クロマティック=半音階、あるいはメシアンやリゲティの曲から発生して来る疑似調性の色彩感は、頻繁な転調、
ないし疑似転調による万華鏡のような効果に他ならない。異なる二つの調性、二つの異なる関係性の間で生じるものとして、この色彩感は、
聴覚の外にあると言わねばならない。何故なら、我々の耳が聴取するものは、それぞれの関係システムのみだからである。
色彩とは不可視である。ヴィトゲンシュタインにとって、写真の色彩とは不透明なグレイスケールに転写されたメタリックな光沢と、
ブロンドの髪のことであった。絵画における不可視性が「色=色彩」ならば、写真における不可視性は「光=灰色」である。そして色彩の本質、
それは色調ではなく転調なのである。
(「不可視性としての写真」 2.表層-色彩に関するノート 清水穣)
2007/03/16
不可視性としての写真 写真のレフェラン(2)
クロマトグラフィーというものがあるが、それで例えてみよう。紙に付けられた黒いインクの1滴が、レフェランである。
溶媒によってこの黒い滴から、様々な色彩が展開する。この展開された色彩が、写真性である。そして、これらの色彩を展開した黒色が、
写真である。最初の1滴=レフェランと最後の黒色=写真は同じものではないか、という疑問がわくだろう。勿論同じである、
内在しているのだから。しかし、表現としてのインク1滴と、様々な色彩を展開する=表現するものとしての黒色は別のものである。
写真の位置は、見えることと見えないことの境界であった。それは視覚領野を外側から構造付けている、ア・
プリオリな他者とも言い換えられた。この構造としての写真の特質は、可能性と対立するものとしての潜在性であった。問題は、
この構造としての写真のあり方である。それはレフェランの中の内在であり、それと独立には構造は存在し得ないものである。
さらに内在は配分的である。つまり、視覚構造としてのカメラ・アイは1つ1つのレフェランに配分されてしまうのである。
ここで注意しなければならないことは、1つ1つのレフェランが、モナドのように同じ一つの構造を表現している、
と言っているのではない(それでは、構造はレフェランから独立した別の全体性を持つことになるだろう)。むしろ、配分の結果、カメラ・
アイはそれぞれのレフェランの中へ解消してしまう、と言って良い。写真の解像度はここにある。
「構造」を「生命」と置き換え見ると、はっきりするかもしれない。「生命」は明示的には規定できないが、生物の中に「内在」する。
ここで、生物に対する見方をどんどんミクロのレベルへ下げ(解像度を上げる)、分子、原子レベルまで下げていく。すると、「生命」
は最早消滅してしまったことに気がつくだろう。我々が見るものは生も死もない粒子の結合と分離だけである。写真作品で起こっていることは、
従って、視覚構造のこの解消=解像(resolution)であり、同時にベンヤミンにとってもそうであったように、写真の奇跡は、
見えないものが写るということである。見えていなかったものが写っているといっているのではない、写っているのだが見えないのである。勿論、
我々は雲というレフェランを見ることが出来る。
だから、「雲の写真だ」などと言うし、「強大な風」、本質としてのレフェランは視覚の外にある。写真の本質にあるものは、
この写真的不可視なのだ。
(「不可視性としての写真」 1.写真の本質 Ⅳ.写真のレフェラン 清水穣)
不可視性としての写真 写真のレフェラン(1)
Ⅳ.写真のレフェラン
しかし、最終的に写真は現象学的なものでも、精神分析的なものでもないだろう。写真とは「何か」の写真である-この「何か」
が今問われなければならない。既に注意したように、この「何か」は写された個物、対象ではない。それは写真の本質としてのレフェランである。
そして概念の捉えがたさは、写真がレフェランに「内在」する(逆ではない)、と言うところから由来する。
構造、神はすべて「内在」するものである。つまり、構造内部の各項、個別に使用されるルール、被造物と存在者の外に、
それらを超越したものとして「外在」するのではなく、それら以外の所には存在しない=それらに内在する。
内在と聞くと普通、我々は集合、つまり包含関係を考える。例えば、「太郎」という一人の人間は「人間」という上位集団に含まれ、
人間は動物に、動物は生物に、生物は被造物に、被造物は存在に、存在は神に含まれる、と考えられるだろう。つまり「万物は私(=神)
の内にある」。この時、神は完全に超越者・超越として、外在していることは明らかである。この位階を転倒させよう。すると、
太郎という一人の人間の中に上位集合のすべてが包摂される。「私は万物の内にある」。
しかし、以上の2通りともに間違いであり、内在ではない。「しかも、万物は私の内に存しない。・・・・・・
私の本性は万物を支え万物を実現するが、万物の内には存しない。至る所に行きわたる強大な風がエーテルの中にあるように、
同様に万物は私の内にある、と理解せよ。」エーテルは強大な風に「内在する」-すなわちここで退けられているのは、私が全てを含むとか、
全てが私を含むとかいった考え方である。私はエーテルのように全てに浸透し、その意味で、全てに内在しているが、
その全ては強大な風としていたるところに行き渡るのであるから、私が「内在」するのは、何等かの実体の内においてではない。包含関係を離れ、
「強大な風」とエーテルの一種の浸透関係(?)を考えねばならない。ここが恐らく最も微妙な点、
哲学者の名前で言えばハイデガーとヴィトゲンシュタインを分かつ点なのである。
存在は、存在者に内在するのではなく、個々の存在者の生き方、その様々な場面に内在する。このように、写真は写真に写されたもの、
写真のレフェランに内在している。写真とは、写真に写されたものの、ひとつの特徴的な変様態だといっても良いかもしれない。「要するに、
構造としての他者とは、ある潜在的な世界の表現であり、それを表現するものの外にはまだ存在しないものとして理解された、
表現されたものである。」
そして、このとき、我々はスティーグリッツのあのエクイヴァレントという概念の現在的な理解に近づいているのだ。
写真のレフェランとは、写真という記号が我々にふるう力の精神的等価物であって、それは写真に写っている対象の真実でもなく、
写真を見て感じる我々の心理や感情とは無関係である。雲は写真の本質=レフェランとしての雲であって、その限りで「等価物」である。
写真家スティーグリッツの感情や知覚の等価物ではない(実際、それ程退屈な解釈があるだろうか)。
雲は私の感情を象徴しているのではなく、写真の本質の表現である。写真は、雲の中に内在し、写真の本質を表現している。
これはどう言っても考えにくい事柄だと思うので、もう少し敷衍しよう。
まず、我々がある(写真の)表現を受容する時、そこには表現、表現するもの、表現されるもの、の3つが存在する。
今まで論じてきた用語を使えば、表現はレフェランであり、表現するものは視覚領野の構造としての写真であり、表現されているものは、
写真性である。そして、表現されているものも、表現するものも、表現の中に内在する。この結果、
現実として我々に与えられているものすなわち、我々が見るものは、表現としてのレフェランだけであり、それ以外の場所には、
写真も写真性も存在しない。だから、用語として、これら3つを同様に用いることも可能なのである。それらはいわば、3連星であって、
3つは互いに区別されるが、同じ名前で呼ばれるようなものである。この3連星が放つ光が、いわば写真的不可視という写真の質である。
(「不可視性としての写真」 1.写真の本質 Ⅳ.写真のレフェラン 清水穣)
2007/03/13
不可視性としての写真 写真の時間性
Ⅲ.写真の時間性
Ⅰ.でみたように、写真の表層的な性質は、常に何かの写真である、ということであって、写真という空虚な場に、何かが写される
(あるいは写されない)わけではない。言い換えれば写真はこの、空虚な場所という概念を、無と真空を拒む。
ところで、空間とは対象と別の対象の間の置換可能性によって産み出される空虚な場所のことであるから、写真には空間性はない。
写真には、置換可能性な時間性だけが存在するのだ。この時間性とはどのようなものだろうか。
まず写真の時間性は、決定的瞬間のことではない。Ⅰ.で論じたように写真は、事物の世界の流れから、決定的な瞬間を切り取ったりする、
そういう前提を現象学的に還元するところに成立したものなのだから、何も「瞬間を止めて」いるわけではない。
フッサールが「自然な考え方のテーゼ」とよび、多くの写真論がおかしている誤りは、
同時にまた伝統的な認識論が犯してきた過ちでもある。上述の「他者」の効果について、ドゥルーズは以下のように論じている。
「ここから、他者は、私の意識を、必然的に半過去へ、もはや客体とは一致しない一つの過去へと傾斜させる。他者が現れないうちは、
例えば一つの安心出来る世界が在って、そこから私の意識は区別されていなかった。他者は恐ろしい世界の可能性を表現しながら現れるが、
その世界は、それに先行する世界(安心できる世界=私 M.S)を過ぎ去られることなしには、展開しない。私とは、
過ぎ去った私の客体に他ならず、私の自我とは過ぎ去った世界、まさしく他者が過ぎ去らせた世界でのみできているのだ。他者が可能な世界なら、
私は過ぎ去った世界である。そして認識論の全ての誤りは、一方が他方の消滅によってのみ構成されるのに、
主体と客体の同時性を要請することである・・・・・・こうして他者は意識とその客体の分離を、時間的な分離として保証している。
他者の現前の第1の効果は空間としての知覚の諸カテゴリーの配分に関わっていた。しかし他者の現前の第2の効果、恐らくはより深い効果は、
時間と、その諸次元、つまり時間の中で先行するものと後に続くものの配分にかかわっている。」
少し長くなったが、要はこういうことである。現象学的還元によって、見る私と見られる世界は一つになった。写真は見ている眼として、
この世界=私を、視覚領野を構造付けているア・プリオリな他者であった。しかし、その時、私と世界はどのように発生して来るのだろうか?
他者は時間軸に沿って、過去と未来へ同時に私と世界を分割生成するのである。写真は、時間軸に沿って、見る私を過去へ、
見られる私を未来へ絶えず分割し続ける。バルトのca-a-ete(「それはかつてあった」)とは、このことに他ならない。
つまり実はca-a-eteであるのは写真を見る私である。他者が過去にしていった世界で出来ている私なのである。
ところで、構造としてのア・プリオリな他者は、私=世界にとっての絶対的外部であるから、ア・プリオリな他者が、
絶えず私と世界を分裂生成する現在という時間は意識には決して現前しない。そして、
写真の時間性はバルトの言うようなca-a-eteではなく、この決して現前しない現在である。それは、
現在時制おける記号の存在とでも言えるものである。そのような、時間の流れの外にある時間性をクセナキスの用語を借りて「外・時間
(hors-temps)」と呼んでおこう。
ここでも潜在的なものと可能的なものの区別は有効である。ベルクソンにとって即時的な過去とは、
かつて現在であったが時が過ぎて過去になったような時間性ではなく(それは可能的な過去である)、時の流れと無関係に実在する、
潜在的な時間性であった。この即自的な過去とは、従って、すべての時制に「浸透し」「織り込まれ」ているのである。写真の時間性は、
まさにこの即時的な過去であり、決して現前することのない現在である。
けれども、この「外・時間(hors-temps)」に我々が常に遅れて到達することは本当である。あるいはca-a-eteとは、
この時間的遅延に、そして記号と遭遇したときの引き裂かれるような感覚に、バルトが与えた名前なのかもしれない。
(「不可視性としての写真」 1.写真の本質 Ⅲ.写真の時間性 清水穣)
2007/03/11
不可視性としての写真 視覚的無意識(2)
「無意識に浸透された/無意識が織り込まれた空間(ein unbewuβt durchwirkter Raun)」-たとえば、
最も初期のテクノロジーであるピンホールカメラを考えてみる。ピンホールカメラで撮影された被写体は一様に奇妙な密度を帯びている。
19世紀の人々を魅了し、あるいは嫌悪させたこの不思議な密度はどこからやって来るのだろうか。
それは、カメラの技術的な原理とは逆に、写真映像というものが基本的に眼を閉ざした知覚の産物ということである。
対象があって見るのではなく、そこでは視覚は対象物に先行し、自律的なのだ。あの奇妙な密度は、
自律的な視覚から産み出される夢の中の光景に固有の輝きであり、J・クレイリーの言うようなカメラ・
オブスキュラからの切断をそこで確認することが出来る。
Ⅰ章で論じたように、カメラ・アイが写している(視覚)構造は、視覚領野に属さないで、その領野を構造付けている、膜のような存在である。
視覚構造、という言葉を意識の構造で置き換えればわかるように、当然、写真には無意識という意識構造が写し出されることとなる。
問題は視覚領野にそれ自体として無意識の部分がありうるか、ということではなく、構造=無意識という概念の理解、つまり潜在性なのである。
言い換えれば次のように問うことは誤りである:自律的な視覚領野の内、どの部分が意識されており、どの部分に無意識が在るのか、と。
ア・プリオリな他者として、視覚を構造付けているカメラ・アイは、視覚しうるもの全ての外部にあり、
無意識とは上記のように意識しうるもの全ての外部にある。視覚的無意識とは、この、すべての可能性の外部にある潜在性を意味する。おそらく、
ベンヤミンが、そこで、高速度写真を例としてあげたのは今から見れば、当然のように犯されてしまった間違いであった。
なぜなら、当時初めて、人間はコンマ0何秒という世界を発見したからである。ベンヤミンにとって、それは事実上、
見えるもの全ての外にあったのだ。けれども、もしそれが視覚的無意識であるならば、現在の我々は視覚的無意識を持たないと言わねばなるまい。
一粒の水滴がどのように水面に砕けるか、高速で動く車がどのようにクラッシュするのか、人間の筋肉が走るときどのように躍動するか・・・・・
・人間の眼が捉え得ず、カメラだけがもたらしうる映像など、現在の我々にとっては視覚しうるものの極めて日常的な一部である。
かつて意識されず、見えていなかったものが、冷徹なカメラ・アイによって今、写真として現前している、意識の連続性、我々の鏡は砕け散り、
アウラも消滅した-このわかりやすさとは逆に、ベンヤミンのテキストが何か不透明に感じられるのは、カメラによって剥き出しにされる「現実」
とベンヤミンが呼ぶものが、現在の我々には単なる日常(そこにはアウラも別に欠けてはいないだろう)だからである。
ベンヤミンにとって写真は、精神分析にとっての錯誤行為のように、ルドルフ・カスナーにとっての「顔」のように、「徴候」である。
山なみや、影を落とす枝の写真も、当然徴候である(だから、視覚的無意識に侵されている)。徴候は、表象ではない。視覚的無意識は、
写真という徴候の中に織り込まれている/浸透しているので、山なみを眺め、枝の葉ずれを眺める中間的な距離はそこでは不可能である。
後に詳しく見るように、徴候の中に織り込まれている象徴的なものは、徴候に内在するのであり、徴候の外に、徴候から離れた「意味されるもの」
としては、実在しない。
この意味でのみ、アウラの消失とは、「遠さの1回限りの比類なき顕れ」の喪失、距離の喪失なのである。
写真とは、視覚的無意識が写し出されている。それは、写真の潜在的な質として、決して意識され得ず、見られ得ないものとして、
写されているのである。
これが、私が写真的不可視(the photographic invisible)よ呼びたいものである。
(「不可視性としての写真」 1.写真の本質 Ⅱ.視覚的無意識 清水穣)
不可視性としての写真 視覚的無意識(1)
Ⅱ.視覚的無意識
それならば、カメラ・アイは、構造としての無意識を写しだす、と言うことなのだろうか?
「事実、カメラに語りかける自然は、眼に語りかける自然とは違う。その違いは、とりわけ、人間の意識に浸透された空間の代りに、
無意識に浸透された空間が現出するところにある。」
無意識(Unconscious)は潜在意識(Subconscious)のことではない。つまり、今は意識の表層に現れていないが、
いつか現れうる、隠れている意識、潜行している意識のことではない。用語が交差するので混乱しないようにしたい。可能的なもの(the
possible)/潜在的なもの(the virtual)の区別が問題なのだ。潜在意識は可能的であり、無意識とは潜在的なものである。
潜在的なものとしての無意識は決して意識に現れることはない。それはすべての思考可能なものの外部である。この意味において、
無意識は意識の構造なのである。そのようなものは定義上考えることは出来ないから、内側から境界画定する他はない。
ベルグソンの言い方を借りれば、可能的なものは現実的(actual)ではあるが、実在的(reel)ではなく、
潜在的なものは実在的であるが、現実的ではない。
ベンヤミンが発見したものは、写真を撮られたときには意識されていなかったが、
写真を見ている今は意識できるような潜在意識の領域ではなく、意識可能なものの絶対的外部としての潜在的な質であり、
それこそ彼は視覚的無意識と名付けた。
ただし、この区分は彼にとっても曖昧なものであった。何故なら、写真は彼にとって、記号論なものであると同時に、
複製技術と高速度シャッターによって切り拓かれた未知の世界をも意味し、また「本物」による芸術を、
大量生産される複製による空想の美術館へと変容させてしまう社会的機能をも担っていたからである。この曖昧さは有名な「アウラ」
の概念にもその影を落としている。複製技術によって、オリジナルが持っていたアウラが雲散霧散してしまった、芸術の受容は、
複製の受容に先立たれ、複製の反射を受けて成立するようになった・・・・・・という判りやすいストーリーを語る闘争的なベンヤミンとは別に、
アウラとは「それがどんなに近くにあろうとも、我々は自然対象のアウラを、ある遠さの1回限りの比類なき顕れと定義する。ある夏の午後、
横になりながら、地平線の連なる山なみや、自分に影を落とす枝の動きを追うこと、これがその山なみや枝のアウラを呼吸することである。」
これのどこが定義なのだろうか。なによりも、この文章からは、例えこの山なみや枝の写真が何万枚複製されようと、
それらのアウラが消えるとは思えないのである。影を落とす枝の写真にも、無意識に浸透された空間が顕れているのか?
(「不可視性としての写真」 1.写真の本質 Ⅱ.視覚的無意識 清水穣)
2007/03/08
不可視性としての写真 「Photography "of"-」
1.写真の本質
Ⅰ.Photography "of"-
写真という言葉は、記号の1つの特殊な様態を意味するものとする。それを写真性と呼ぶならば、写真性を持ったものは全て写真である。
カメラとレンズ、焼き付け、機械性、複製可能性、オートマティスムと芸術論争、リアリズム、ストレート・
フォトグラフィーとピクトリアリズム、証拠写真・ドキュメンタリー・・・によって条件づけられた表現形式として、我々は写真を理解しない。
それこそが、多くの混乱や誤謬の原因なのだ。印画紙に写されたからといって、写真ではない。
キャンバスに描かれているからといって絵画ではない。カメラと焼き付け技術によって、写真が歴史上に登上し、普及していったのは事実である。
しかし写真性にとって、カメラは二次的な装置である。写真性というのは汎歴史的なものであり、アレゴリー、顔、
ヒエログリフは既に写真であった。それを踏えて、「写真」の衝撃というものがどのようなものだったのか、今一度辿りなおして見たい。
上に述べたように、写真の本質は極めて単純である:写真とは常に既に「何かの」写真である。この言い方に聞き覚えはないだろうか?
フッサールは彼の指向性という概念を、意識が常に既に《何かの意識》であること、と述べている。この、一見しごく当然の言い方によって、
しかしながら「意識の場」(意識領野)という考え方が静かにとどめを刺されている。すなわち、ヒュームも言ったように、自己、
あるいは精神とは、精神内の印象、つまり普通我々が対象と言っているもの、と同じであり、精神という「場」
に対象が表われたり消えたりするのではない。意識は全く一層的である、つまり、その裏に何も隠してはいない。
意識の諸対象は決して表象ではないのだ。写真の衝撃とは、現象学的還元のそれと同質である。つまり、写真が実行することは、「世界と私」
に対するエポケーなのである。それは「私とそのまわりの世界」という自然な考え方を失効させる。写真は常に「何か」の写真である。と聞くと、
通常我々はカメラ・オプスキュラにならって、写真機の外側にその「何か」を想定し、それが印画紙に写される、と考える。しかし、写真とは、
写真内の対象と同じであり、印画紙というフィールドに何かが写ったり写らなかったりするのではないのだ。
さて、その結果、世界と自己は1つである。写真とは、
ある自我=主体が自分のおかれている世界をありのままに撮影するなどということではなく(それなら単なるリアリズムに過ぎない)、
そのような主客分離に先立つ世界の有り様を写し取ることなのだ。つまり、そこでは自己とか世界といった言葉は何の意味もなさず、
また世界と自己は同時には存在しない。あなたがいて、世界が在って、それをあなたが見ている、のではなく、
あなたとはあなたが見ている世界である。
さて、私とは私の見ている世界であるとするなら、そのような私=主体とは何か。「主体は世界に属するものではない。
それは世界の境界である。」
「主体」は、あれやこれの「私」つまり「心理的自我」のことではない。「主体」は、
世界という関数をその外側から規定するものとして要請されているのであり、世界に「構造」をあたえるものである。
世界の構造をその外側から膜のように規定している1つの限界概念、「主体」。ドゥルーズはこの「主体」を「ア・プリオリな他者」
と呼んで次のように述べる。
「他者は知覚領野の総体を条件づけている構造であり、この総体の機能である。知覚を可能にするものは自我ではなく、構造としての他者である。
」
「(他者は)まず第1に知覚領野の構造であって、それがなければ、この知覚領野が総体として適切に機能しなくなるであろうな、構造である。」
別の言い方をヴィトゲンシュタインにならってすると、視界=みられている世界の「構造」とは「見ている眼」である。それは、
視界で唯一見られないもの、穴となっている点である。従って、この点に関しては世界というシステムは無効であり、この点は、
構造づけているものとして、構造づけられているシステム内の論理を越えているのだ。この「見ている眼」こそカメラ・アイである。
一見単純な前提から、我々はまず2つのことを得た。写真の衝撃が、それまでの認識論的前提を、現象学的の失効させたこと、そして「ア・
プリオリな他者」を我々に発見させたということである。
(「不可視性としての写真」 1.写真の本質 Ⅰ.Photography "of"- 清水穣)
不可視性としての写真 序
THE PHOTOGRAPHIC INVISIBLE
=JAMES WELLING=
不可視性としての写真
=ジェームズ・ウェリング=
清水穣
WAKO WORKS OF ART
1995年4月15日 発行
かつて写真は、我々の意識の非連続性と間欠性を教え、視覚的無意識(das Optish-Unbewuβte、ベンヤミン)
を写し出すテクノロジーであり、言い換えれば、意識には現在という時間がない事実を、1つの過去として提示する道具であった。
写真論が見損なっているか、あるいは当たり前なので殆ど触れられることのない、写真の本質は、一見実にシンプルである。それは、
写真は常に既に「何かの」写真である、ということにすぎない。
しかし、この命題を正確に理解した上で芸術としての写真を考慮すれば、写真とは表象(Representation)を持たずに、
レフェラン(Referent・指示対象)だけを持つ特殊な記号だ、というところへ至る。ドゥルーズならばシーニュと呼ぶであろう、
記号としての写真は、リアリズムともドキュメントとも関係なく、心理とも記憶とも関係がない。これが我々の出発点である。
つまり、写真は、「撮るもの」からも「撮られるもの」からも独立しているということ、この点において、
そしてレフェランという概念のもたらす眩暈と引き換えに、多くの不毛な議論は回避されるであろう。それと同時に、
読者には一見奇妙に思われるかもしれない転倒した見方がいくつか提示されるだろう。しかしそれは、
むしろこれまでの写真の理解が転倒しているか、誤った前提から出発していることを示すのである。
多くの写真論においては、本質的な写真性の問題が、いつも写真史やリアリズム、表象や引用の問題にすりかえられているように思う。
私が明確にしたいと願っていることは、その混乱がなぜ生じるかと言うこと、そして、現代のある種の写真が私を惹きつけるならば、
その惹きつけている力はどこから発しているのか、ということである。
ここで現代の写真と言う時、それは専らベッヒャー以降の写真芸術をさしている。例えば、トーマス・ルフの巨大な人物写真を前にして、
私は一種途方に暮れてしまう。その巨大さは大きさからして、それは人物の肖像写真では有り得ないが、では何なのか。
ビュスタモントの風景写真はもっと寡黙であって、そこでは凡そ風景写真にあるべき全ての美的要素が排されている為に、
作品には異様な空気感が漂っている。何も写っていないというこの衝撃、これは何なのだろうか。おそらく、後述するように、
それはもっと一般的な問題であり、芸術の記号の存在論にかかっている。
しかし写真という芸術には、独特の困難さを伴いつつ、その集中的な表現が見られるのである。
まず第1章では写真の本質が、写真とは常に何かの写真である、という上に述べた簡単な前提から出発して考察される。写真論はまず、
現象学と精神分析(写真技術の帰結とも見なせる2つの学問領域)の間に位置付けられるが、可能性と潜在性の区別、
そして構造の内在という概念において、そこから決定的に離れ、最後にその「何か」=写真のレフェランの本質規定へ至る。特に、
視野領野の構造としての「カメラ・アイ」が、いわば1つ1つのレフェランの中へ解体=解像(auflosen/resolve)
していく第Ⅳ部は、いわば、現代の写真表現の基礎となるものと望んでいる。
第2章では写真と絵画をつなぐ要素として、「表層性」と「モンタージュ」が抽出され、
それらが色彩と本質的な関係にあることが考察される。
第3章は、現代の写真表現を、特にジャン=マルク・ビュスタモントを例に論じ、1章を振り返りつつ、「写真的不可視」
の写真への顕れかた、つまり写真の現代性のありかを結論として論じる。
この小さな写真論は、ジェームズ・ウェリング論ではない。むしろ、ウェリングという、一見作風を次々と変化させながら、
写真性についての本質的理解という点では全く首尾一貫している作家の固有名を確定記述しようとするものである。従って、
以下の文中でウェリングの名前は最後に至るまで登場しないだろう。
(「不可視性としての写真」 序 清水穣 WAKO WORKS OF ART)
2007/01/31
「不可視性としての写真」でやろうとしたのはピュアな写真論でした
清水:
変わりましたね。「不可視性としての写真」でやろうとしたのはピュアな写真論でした。当時も今も、写真をめぐる言葉のメーンストリームは
「リアル」という言葉だと思うんです。たとえば「リアルにモノを撮るのが写真である」という考え方です。
でもリアルなものを表現するときに、ただシャッターを押せば写るわけではない。だからアレやブレなどの手法が生まれたり、
とにかくどこかの現場へ行って撮るということが繰り返されている。現実の向こうに本当のリアルな裸の世界があって、
人間の目ではそこまでたどり着かないけど、カメラの力を借りればそこまでたどり着くんだ、という考え方ですね。
これは簡単にいってしまえばシュールレアリズムですよ。
写真論も大まかに言えばそこからきています。でも、僕はそこから抜け出したかった。それが「不可視性としての写真」だったんですが、
やってみてかなり難しいということがわかったんです。それに、具体的な写真家や写真作品を直接論じない、
純粋な写真論に自分でも飽きてしまった。なぜかというと、誰についても同じことしかいえない写真論なんか意味がないじゃないか、
ある写真家について新しい発見が何もない批評なんて、と思ったんです。
(「アサヒカメラ」 2007年2月号」 第92巻第2号 通巻963号 より 清水穣インタビューより)