2007/02/08

アーバスの感受性

「アーバスは自分でも認めているとおり、「変った」人しか撮ることに興味がなくて、材料は自分の家の近くにふんだんに見つかった。


(中略)


そこにはいつも変らぬ日常生活があって、目を向けて見れば、奇人・変人にこと欠かなかった。カメラは、
いわゆる正常な人たちを異常に見えるようにとらえる力がある。写真家は奇人を撰び、それを追い、構成し、現像し、題名をつける。


「通りでだれかを見かけるとします。その際眼につくのは本質的に欠点なのです」とアーバスは書いている。アーバスの作品が、
原型となる被写体からどれほど広がっても際立って似ていることは、カメラによって武装した彼女の感受性がどんな被写体にも、
苦悩や変態性や精神の病いをほのめかすことができることを示している。赤ん坊が泣いている二枚の写真がある。
赤ん坊たちは心乱れて狂わんばかりに見える。だれかほかのものに似ているとかどこか通じるものがあるということが、
アーバス特有の突き放した見方の基準に従って、くり返し起こる不気味さの源なのである。」


(「写真論」 スーザン・ソンタグ 近藤耕人訳 晶文社)