2007/01/28

仮説の正しさは、その仮説の基準の観点と言葉の世界でのみ正しい

「あるひとつの科学的仮説が現実に合致するかどうかを問題にすることはできる。観察と実験によってその仮説を検証すればよいのである。
実験方法および仮説を構成する理論的概念が確定されれば、その仮説の真偽は、私(を含めて誰であれ)の個人的な思い入れからは独立した何者かに照らして明らかとなる。しかし、実験によって明らかにされるデータの一般的性質は、そこで採用された実験方法の中に組み込まれた基準の観点からのみ特定されうるのであって、その基準(の意味するところ)は、
ただそうした科学の方法に慣れ親しんだものにしか理解することができない。科学音痴は、いくらその実験の現場に立ち会って「観察」していたとしても、実験の結果を、検証すべき仮説にとって適切な概念(用語)を用いて語ることはできないのである。そして「実験の結果」としてわれわれが語りうることは、ただそのような概念(用語)を通じてのみ意味をなすことになるのである。」

Peter Winch, “Understanding A Primitive Society,” American
Philosophical Quarterly, Vol. 1, No. 4, Oct. 1964, pp.309.