2007/01/25

わたしが産んだ娘だから

「どうしようもないのよ! 選択の余地はないのよ!」と娘は泣いた。何もわかっていないのだ。自分のことを話さないのは、
話さないのを撰んでいるいるからなのに。努力しなければ、チャンスは永遠に失われてしまうのに。


中国人として育てられたから、わたしにはそれがよくわかる。何も望むな、他人の悲しみを呑み込め、自分の苦い思いを腹におさめろ、
とわたしは教えられた。


娘にはその逆を教えてきたにもかかわらず、結局はわたしと同じようになってしまうなんて!

わたしが産んだ娘だからかもしれない。わたしもまた母が産んだ娘だからかもしれない。わたしたち親子は、階段のようなものだ。
一段ずつ上がったり下がったりするけど、みんな同じ方向に進むだけの。


自分の人生が夢であるかのように、ただ黙って人の話を聞いたり見つめたりするのがどんなものか、わたしは知っている。
見たくないときは、目を閉じることもできる。でも、聞きたくないときは、どうすればいいのだろう? もう60年以上もむかしに起きたことが、
未だにわたしの耳に聞こえてくる。


(「ジョイ・ラック・クラブ」 エミィ・タン 小沢瑞穂訳)