2007/03/28

可塑的な脳

>あらゆる現実は可塑的(プラスティック)、すなわちけっして一つの形(フォルム)ではなく、そのことを確認し、
理解するために懐疑するということですね。

あなたはその可塑性の概念をニューロ・サイエンスにまで広げ、それに関する著作もあります。弁証法的に考えることで、
脳はより可塑的に洗練されていくのでしょうか・


神経生物学の分野において、脳を「可塑性がある」と形容するのは、まさに彫刻家や物理学者が扱う材料のように、
脳が過剰な抑圧に抵抗しながらも、しなやかさを兼ね備えているからです。

ニューロン間の結合は、環境と経験の影響下にあって大きさも変われば、構成も変わります。

たとえば、ピアニストの脳は機械整備士の脳と完全に同じ形をしているわけではありません。

教育、習慣、反復が、我々の脳を形づくります。今日の資本主義のイデオロギーは我々の脳が柔軟(フレキシブル)
だと信じさせたがっていますが-柔軟という言葉がいかに繰り返し用いられているか、注意してみてください-実際には、脳は可塑的であり、
すべてを許容するわけではなく、教育や訓練が施されれば施されるほど、批判能力が鍛えられていきます。

繰り返しますが、存在するものすべてはみずからを否定するのです。脳はこの自己否定の好例です。脳は、
末梢や忘却や抵抗の可能性を発展させることなしには、いかなる刻印も受けはしません。この拒絶の可能性なしに知性は存在しないのです。


可塑性を備えた弁証法的な力は、形の作用と、形を爆発し破壊する可能性を一体化させます。私はこの可塑的な弁証法の力が脳において機能し、
今日の新しい武器に立派になりえると確信しています。


 (哲学者 カトリーヌ・マラブー氏インタビュー ダイアモンド・ハーバード・ビジネスレビュー 2007年4月号)