2007/03/29

分け隔てるもの、「歴史」

母の写真の大部分を私から分け隔てているのは、「歴史」であった。「歴史」とは、
単にわれわれがまだ生まれていなかった時代のことではないであろうか? 母が身に着けている衣服を見て、
私は自分がまだ存在していなかったということを読み取る。私はその時期の母を思い出すことができない。
身近な人がいつもとちがった服装をしているのを見ると、何か唖然とさせられるものだ。1913年頃の写真を見ると、外出着姿で盛装した母は、
トック帽をかぶり、羽根飾りをつけ、手袋をはめ、袖口と襟まわりに薄地のフリルをひらひらさせ、《小粋な》身なりをしている。が、
その身なりとは裏腹に、母のまなざしはやさしく気取りがない。こんなふうに母が一つの「歴史」(生活儀式や流行や布地)
のなかに埋もれている姿は、後にも先にも見たことがないので、私の注意は、母からそれて、
いまはもうすたれてしまった服飾のほうに向けられる。というのも服装は、はかなく消え去るものであり、
われわれの愛する人の第二の墓となるからである。母を《ふたたび見出す》ためには、もっとずっとあとになって、
母が整理だんすの上に置いていた品々、象牙のコンパクト(私はその蓋を閉める音が好きだった)や切子ガラスの香水壜や、あるいはまた、
現在私のベッドの脇に置いてある背の低い椅子や、さらにまた、母が長椅子の上のほうに飾っていたラフィア椰子の装飾板や、
母が愛用していた大型のハンドバッグ(その使いやすい形は、《ハンドバッグ》というブルジョア的な観念にそぐわないものだった)を、
何枚かの写真で見ることが必要となるのだが、母を《ふたたび見出した》といっても、悲しいかな、それはつかのまのことで、
そうしたよみがえりは決して長続きさせることができないのだ。

このように、われわれが生まれる少し前に生きていたある人間の人生は、その特殊性のうちに、「歴史」の緊張そのものを、「歴史」
の隔離する作用を含んでいるのである。「歴史」とは、ヒステリーのようなものである。誰かに見られていなければ、成り立たない-
そしてそれを見るためには、その外に出ていなければならない。生きている人間であるかぎり、私はまさに「歴史」とは正反対のものであり、
ただ自分だけの生活史によって「歴史」を否定し、破壊する(私は「歴史」の《証人》なるものを信ずることができない。少なくとも、
私がその一人になることは不可能である。ミシュレは、自分自身の時代については、いわば何も書くことができなかった)。
母が私よりも前に生きていた時代、私にとってはそれが「歴史」にほかならない(それにまた、私にとって歴史上もっとも興味があるのは、
その時代である)。どのような過去想起(アナムネーズ)をおこなっても、自分自身から出発してその時代をかいま見ること
(これが過去想起の定義である)は、決してできないだろう。ところが、母が幼い私を胸に抱いている写真を見ると、
私はクレープデシンの縮じわの柔らかな肌ざわりと脂粉の香りを心によみがえらせることができるのである。


(「明るい部屋」 ロラン・バルト 花輪光訳 みすず書房)