2007/06/14

自分の細胞は自分が所有権を主張できない

1990年、カリフォルニア州最高裁判所は、将来にわたる大きな影響を広範囲にあたえる一つの凡例を下した。
人は自身の体内にある遺伝子情報を所有しない、というものだった。


この判決は、カリフォルニア大学医療センターとそこで治療を受けたジョン・ムーアの間で争われた長い裁判の末に出されている。
ムーアは1970年代にその医療センターで白血病の治療を受けていたが、その際に医師は彼に特異な免疫機能があることを発見した。
ムーアに対して告知や承諾の確認もなく、医療チームは彼から細胞を採取し、そして白血病の治療薬の一つにするため細胞を増殖させた。
ムーアは医療センターが自分の細胞を「盗んだ」と裁判に損害賠償を訴えた。
新しい治療薬に用いられている遺伝子物質が自分の身体から摘出された以上、
その新治療法開発から得られる利益の一部を自分は受け取る権利があると、ムーアは主張した。裁判所は、
医療センターが同意なしに細胞を取りだした点に関しムーアの主張を認めた。しかし、
白血病にかかわる新治療法からの受益権をムーアに認めなかった。「連邦法は『人間の独自性』の産物であれば有機体であろうとも特許を認める。
しかし、自然発生的有機体については特許を認めていない」と裁判所は判決を下した。換言すれば、
研究室である人間の細胞を人工的に再生産した科学者はその細胞に対して所有権を主張できるが、
自分の身体が自然に生産した細胞についてその人間は所有権を主張できないということである。


(『自由を耐え忍ぶ』 テッサ・モーリス-スズキ 辛島理人訳 岩波書店 P79-80)